目覚めの朝
ヘルトが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
朝の日差しで目が覚め、ベッドのすぐ右側にある窓から外を眺め見る。
もう朝か、と思いながらも口から出た第一声は――
「……ここは、何処なんだろう。ガーゼルなのか?」
ヘルトは部屋の周りを見渡しながら身体を起こす。
どうやら宿屋では無く何処かの屋敷、寝ていた高級感のあるベッドや部屋の趣からそれを感じ取った。
部屋の片隅で椅子へ座ったまま頭を垂れているのはスノウ。
ヘルトがベッドからおりると、スノウは眠ったまま声を漏らした。
「お義母様、なぜ――」
頬をつたう涙。
スノウは何かに縋るように手を差し伸べ、悲涙。
……泣いているのか? スノウ。
ヘルトはその手を両手で優しく握りしめる。
なぜ手を握ってしまったのか、そんなことはヘルトにとってどうでも良かった。それは手を握った際、スノウの表情が肌で感じ取れるほどに和らいだから。
――――――
――スノウは夢をみていた。
それは夢というより転生前の記憶である。
その記憶はあまり良いものでは無い。
スノウは何度も同じ人間から騙され続け、何度も生死を彷徨った。騙され続けることは、いずれ死を招く。
その記憶により転生後である現在では、それを教訓のように心の奥底で信念とし、今まで生きてた。
転生前は、全く人を疑わなかったことが原因で騙され続けたこともあり、ひとを信じられなくなったのである。これは転生前の記憶が最も重要視される世界なのだから、常に付き纏い忘れてならないもの。
それゆえに深い哀しみや苦しみを持つ者は、一生涯背負い続けることになるのだ。思い出し、時には悲しみに耽ることも……
――――――
「スノウがいる(触れられる)って事は……オレは生きてたんだ。やっぱ、あれは夢じゃなかったのか」
こう、ヘルトが漏らすした言葉に気付いたのか、スノウが瞼が開き言う。
「……いつまでそのイヤラシイ手で、ワタシの手をハァハァ握っているのかしら?」
慌てて握った手を放すヘルト。
「べ、べつにハァハァしてねえし、髪もクンクンしてねえし、ちっぱくてゴリゴリしてそうとか思ってねえし?」
……アナタ、死にたいのかしら?
と、思いつつも。
「まあいいわ。とりあえず漸くアナタの目が覚めて良かったわ」
「漸く? オレどれくらい寝てたの?」
「今日で三日目……」
「三日? それ”いつもの”冗談か?」
「ワタシ、アナタへ冗談など言ったことはないのだけれど? 謎だわ」
「お……おう」
ヘルトは「あれもこれも全て本気だったんですね」と、心の片隅で傷ついた。
スノウの話ではガーゼル近郊での一件から三日三晩、ヘルトは眠り続けていたようだ。
エルザはヘルトを狩れない事を知り、その後も罪へ抗おうとしたのだが……
――――三日前。
「どうせ死罪は決まってるさあね! こうなったら一人でも多く狩らせてもらうからねえ!」
――魂狩り。
「兵たちよ、エルザを捕らえるのだ!」
ハルバトーレが兵士たちへ指示を出す。
エルザが大きく振りかぶり今か今かと、己の死さえ楽しんでいるかのようだ。
「興奮してきたさあね……アッハハハー!」
これが死神としての彼女の性癖なのか、頬を染め砕けきった笑顔は見ていて寒気がする。
しかし、スノウは”そう”させない。
――心の 鏡。
エルザの動きが急ブレーキをかけたように停止した。
「アガ、ガ……小娘ェ、なに、ヲ!?」
「アナタに説明したところで、時間の無駄だわ」
「エルザ、その娘なのだよ。妙な術を使うのは」
「い、異能種、カ――――」
――――――
――――
――
エルザは拘束され、今後アストラータで裁かれる予定だが死罪を免れないだろう。カーランドは死罪とはならないだろうが、牢獄生活は長そうだ。
ここで死神エルザの計画は失敗に終わった、という事になる。
ヘルトは他にも多々聞きたいことがあった。
まずは、なぜここにいるのか、そもそもここは何処なのか。
その答えは聞かずして出る。寝室の扉からノックが二回聞こえると、姿を現したのはハルバトーレであった。
「初めまして、かな? ヘルト君」
「は、はあ。どうも」
記憶の片隅ではあるが軍隊を率いていた男性。
その後、ハルバトーレを加えた三人の会話から、ここはガーゼル居住区にあるハルバトーレの屋敷だと知れる。スノウの他にモモやオルマムもいるそうだ。
オルマムは昨晩意識を取り戻した。重傷ではあるが一命を取り止めたとのことも。たくましい爺さんである。
そしてモモは、というと……
「――へるとぅ! 痛……ィ?」
「お、モモ。心配しててくれたのか? ほおら、どこも痛くなんかないぞ?」
ヘルトはその元気さをモモへ、アピール。
「ミャッ、ミャッ!」
モモは本日も元気だ。
ふわふわとした両耳をピンと立たせ歓喜している。
実のところ、目が覚めていたら重要な話をしようとヘルトの寝室へ赴いたハルバトーレは。
「ヘルト君、少しわたしの話を聞いてもらってもいいかね?」
「話、ですか?」
「ヘルト、ワタシが会って欲しいと言ったひとは、このお方なのよ」
「そうなんだ」
ヘルトはこれを受け入れる。
ハルバトーレは、オルマム(フィアーバの騎士)にアストラータ王国騎士団の”章”が付いた鎧を提供した人物であり、アストラータ側の者。オルマムたちが技を使用するまで傭兵に気付かれなかったのは、その”章”があったからだと考えられる。
ハルバトーレが章を提供した理由だが、スノウを探すため。
つまりオルマムはヘルトでは無くて、スノウがヘルトと同行していることを知りヘルトを探していた、ということ。
なぜ直接スノウでは無いのか。
それはスノウの身分にある。
「ヘルト。隠していたわけではないのだけれど、フィアーバの者なの」
「フィアーバなのか? なんでわざわざアストラータへ?」
「それは言ったはずよ。アナタのビフォアに興味があるから」
「だから、オレは無能なんだって……」
ヘルトは自身のビフォアを未だ知らない。
記憶が無いこともあるが、気付いてはいないのだ。
「ヘルト君。君は無能者……いや失礼、喪失者というものを勘違いしているようだね」
「え? どういうこと、でしょうか?」
「わたしは、君へそれを説明するためにスノウ様から申し遣ったのだ」
「スノウ……様って?」
ハルバトーレは『喪失者』とは、どの様な者なのかを説明する。
喪失者、それは記憶の失った者を指すが、ビフォアが無いわけではない。
記憶を失っているだけなのだから、当然である。
そのビフォアの用途を覚えてないから『無能者』と呼ばれる。
次に、ヘルトのビフォアの話だ。
ヘルトの 天啓は異能、及び魔法効果を無効化するもの。一見、敵なしとも思えるが、そうでは無い。
物理攻撃は回避しなければならないからである。
それは、打撃、又は剣戟などでは負傷するということ。
天啓は異能や魔法は無効化する。これは術式や能力によっての無効化、との認識。
その意図は、仮に暖炉の炎へ手を入れたり、雷にうたれたら負傷することを指す。異能や魔法は物理法則を無視するものであり、そんな”無視”した力に対し無効化するビフォア、となる。
とはいえ物理法則を無視したビフォアには鉄壁といえよう。
そして――ここからが重要なのだが。
ヘルトは回避能力に長ける。
それは誰もが知るところなのだが、スノウはその回避能力を知って近づいてきた。なぜなら、それが英雄スーラ・アル・クルアーンの力だからである。
英雄スーラ・アル・クルアーン(以後、英雄スーラ)は、天啓のビフォアを所持していた。只、物理攻撃に対しては無力に等しい。
そう思った英雄スーラは自ら回避能力を鍛錬で身に着けた、という。
元からの身体能力はあったかと思われるが、回避に関しては身に着けたものなのだ。それゆえにヘルトは情景反射で回避を可能としているのだろう。
「そっか。だから生きてたんだな……」
「そうなるね。だが、君のビフォアに気付かなかったから助かったとも言えるよ。もし気付けば――」
「ですね……きっと何らかの手段で殺られていたと思います」
ヘルトの心が憂鬱に乾く。
こんな自分で他人を護れるのか、と……。
そんなヘルトにスノウが言う。
「ヘルト。ワタシと一緒にフィアーバ王都へ行ってもらえないかしら?」
「フィアーバへ?」
スノウがヘルトと初めて出逢ったのは、ティカでは無い。
ヘルトが護衛任務にて赴いたフィアーバなのだ。
それを追ってきたスノウは、ヘルトを監視していた。
それはヘルトが罪を着せられたことを知る唯一の人物であり、ヘルトを救ってくれた者――
――スノウ・ホワイティス・パラミシア。
フィアーバ王国第三王女……
童話の国と称された、小国の王女である。
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