閑話「ベルト」
――アストラータ北部にある街『ズーラ』
ヅーラでは無い”ズーラ”、だ。
この街には、民たちから絶大の人気を誇る領主が住んでいる。
「こんにちは! ――様」チラッ
「――様。 今日はいい天気ですね」チラッ
「ご機嫌いかがですか、――様」チラッ
領主は一人一人に挨拶を贈りながら、ズーラを歩く。
歩み寄ってきたのは農夫(女性)だろうか。
「うちで採れたヌアマです! ……――様、どうぞっ!」チラッ
「……ふむ。今年のヌアマは良い出来だな。然し乍ら、これは貰えぬ……」
「なぜでしょう? お気に召しませんでしたか?」
「そうではない。果物ひとつでも、民にとっては大事なものであろう」
と、言って領主は目で従者へ何かの指示をおくる。
従者は懐から銀貨を取り出すと……
「これで、足りるかね?」
きらりと輝く銀貨。
「こ、こんなに受け取れません! それにこれは貰ってほしいのです」
銀貨と、何かをチラ見して慌てた農夫。
領主は、その農夫を見ながら二、三度首を横に振った。
そして農夫の手を包み込むように銀貨を渡すと。
「民の笑顔が一番の贈り物、なのだよ」
その領主、紳士。
「――……ざばあ!」フキフキ
農夫、感涙。
泣きながら衣服で手を拭いているのは、領主の手がヌメッとしてたから。
次に近づいてきたのは生まれたばかりの子供を抱いた若夫婦だ。
不規則に動く、”それ”をチラ見してから言う。
「――様。 この子に名前をつけてくれませんか?」
「ふむ。おと――」
「――いいえ、女の子です」
「……そうか」
「どうか、お願いします」
「では……スポポンコ――」
夫婦は領主を睨みつけた。
「では無くて、だな……うむむ」
「是非、美しく育ってくれるような名を」
「ならば、美美美美美ビー――」
夫婦と従者は領主を睨みつけた。
「でも無くて、だな……うむむ」
「じつは……サダヲ、にしようかと」
領主は「それでいいの? 自分たちで名付けてね?」と思いながらも。
「そうか。ならばサダヲで」
「――様。ありがどうござびまず!」
夫婦、感涙。
その領主、不要。
さらに近づいてきたのは老婆だ。
挨拶を贈りにきたのだろう、杖を突きながら穏やかな顔で歩み寄る。
――しかし、何かに躓き急に転倒しそうに。
慌てて領主は手を差し伸べた。
……ファッサ、と黒い物体が大地へ。
その従者、加速――
モジャモジャした漆黒の物体を素早く取り去り――
「そおぉおおいっ!」
びたんっ!
上から領主の頭を叩くようにして”乗せ”た。
その間、わずか〇.二三秒。
「お怪我はないかね。ご老人」
「あ……ス・テ・キ」ポッ
老婆、激愛。
「さすが――様だ!」
「我らが――様あ!」
「今日は――様のために”海藻”祭りだ!」
領主は「海藻は……」と、思いながら言う。
「はっはっはっ! 海藻は、もう何十回と試したのだぞ!」
それを聞いた民たちは。
「なら、俺の脇毛を使ってくれ!」
「アタイの髭は剛毛よぉーん!」
「おいらの(ピー)毛もいい感じだぜ?」
――――――
――――
――
領主、感涙。
「おまえ、たち――」
「ふぉっふぉっふぉっ。旦那様、良い民に恵まれたようですな」
そして領主が告げる。
「民たちよ! 今日は黒ごま祭りにしようではないか!」
「よし! 黒ごまを片っ端から集めるんだ!」
「「「「「うぉおおおおおおお!」」」」」
「みんな、――様を胴上げだ!」
「はっはっはっ! 今日は地面に落とさないでくれよ、呼吸が止まる。それに”外れ”るんだ、アレが」
――アストラータ北部にある街『ズーラ』
ヅーラでは無い”ズーラ”、だ。
この街にはいつも笑顔が溢れている。
この街には、民たちから絶大の人気を誇る領主が住んでいる。
その領主の名を――
【ベルト・ヴェルトゥ・ベルベべべェル】
と、言う……
今後、登場しない人物(予定)ですので、閑話として投稿しました。
しがない話ですが、物語とは直接関係ないので暖かく見守っていただけたら幸いです。