天啓
――爆発魔法。[エラプション(イラプション)]
この魔法がある程度の魔力で使用された場合、大爆発を引き起こす。
その爆発魔法をひとりで大爆発させる魔術師はほんの一握り。それゆえにこのシンパティーアでは合術と呼ばれる魔法がある。
シンパティーアでの魔法、及び魔術は基本的に『術』と呼ばれるが、魔法(陣を描くもの)であれ魔術(詠唱するもの)であれ通称は『術』であり、正式名称には『魔法』がつく。つまり詠唱した術でも『魔法』と称される。
それと同様に魔法使いや魔法師などは存在せず、魔術師が主流だ。他に賢者など複数職の『術使い』は存在するのだが、魔術師を兵士と例えるならば一般兵というところか。
そして肝心な合術についてだが、今まさにヘルトへむけ放たれようといる。
「アハハハ! ヘルト、これが避けられると思ってるのかい!」
エルザの耳に障る不愉快な嘲笑。
その背後には爆発魔法詠唱を終えた魔術師。
前方のヘルトを真ん中に置いて、九名の魔術師が横並びしている。残り一名の魔術師はというと、横並びする三歩前進した中心部で”魔法陣”を描く。
魔法陣は基本的に『大地』へ描くものであり、シンパティーアでは何もないところに描けるご都合主義な『謎インク』は無い。もちろん大地と限定することはないのだが、草原地帯であるガーゼル近郊では大地に描くのが妥当だからである。
描かれた魔法陣は完成後、数メートル上空へ映写。
この魔法陣は、合術用の陣(火属性)。他九名が詠唱した爆発魔法は一斉に魔法陣へむけ放たれた。
「……合術なんて、大層な術をオレひとりに使うとか。エルザ、相変わらず頭”逝ってる”なあ」
「アタシは死神さあね。狙った獲物は必ず狩るんだよ。アンタも終わりだね、ヘルト」
上空の魔法陣へ爆発魔法が次々と打ち込まれ、魔力が上昇。
九つの魔力が爆発魔法が結合し、その名を変える――
――大爆発魔法。[エクスプロード]
傭兵たちが逃げるように距離を取ると。
上空の魔法陣からヘルトへ巨大な炎の塊が解き放たれた。
迫りくる炎の塊は、決して弾丸のように目で追えないものでは無い。
しかし、到底その塊ですら避けることの出来ない大きさなのだ。更には着弾して大爆発を起こす。これが一人の人間のために、況してや無能者のために使用する術かと思い悩むほどに鬼畜。エルザの死への欲求は死神そのものといえよう。
「アハッ! これじゃあ全員骨すら残らないねえ!」
「な……なんだ、って。俺たちも殺す気だったのか!?」
「ヤベエェ! 聞いてないぞ、やりすぎだ!」
こう言ったエルザや傭兵の声など、今のヘルトには鈴虫が鳴いている程度にしか感じなかった。
「「「「「ひぃいいい! 死にたくねえ! 助けてくれ!」」」」」
――魂狩り。
エルザは逃げ惑う傭兵の魂ですらも狩る、狩り続ける。
小虫でも甚振っているかのような間隔なのだろう。
「ここはアタシ専用の場所さあね。全力で走るんだねえ、腕の一本くらいは残るかもしれないよ」
炎はもうすぐ傍、だ。
逃げられない、そう思うヘルトの脚が音も無く止まった。
――やはり、最後はこうなるんだな……。
着弾。
……スノウ、助かった、よ――――、な……?
大爆発――
大気をも焦がしつくす熱量。
広範囲に渡り粉塵が飛び交う。
ヘルトはおろか周りを囲う傭兵をも巻き込む爆裂で、わずか数秒の間に草原地帯は荒れ地と化す。炎上する大地、逃げ惑い焼かれる傭兵。まるで地獄絵図だ。
「アハハハ! んー……良い香りがするよ。燃えろ、燃えちまいなあッ!」
人の焼ける匂いが鼻を衝く。
こう、エルザが平然としていられるのは、魔術師の防壁で護られているからである。エルザは仲間(傭兵)に危害が及ぶことは知っていた。ただ、この大魔法には時間がかかり、それまでヘルトを包囲する必要があった。
たったそれだけの理由で仲間の命を要らない玩具のように、炎の渦へ投げ込んだのだ。狂人、兇刃、そんな人外にも思える所業。これが「手筈通り」などと言えるのだろうか。
そして……
焼け落ちた大地は、ちらほらと見え隠れする。
頭上数百メートルに立ち込めた土煙は、やがて何事も無かったかのように消えてゆくもの。無残にも焼け落ちた傭兵達の身体のように――
――――――――――
――――――
――
……そこ、つまり大爆発した中心部。
佇む男がひとり。
「……あれ?」
その男をエルザ、おっさん、魔術師は血走る眼球が飛び出しそうな勢いで凝視。
――佇むはヘルト、である。
「なぜか分からんけど生きてたな、オレ……」
(((((……ェ?)))))
ヘルト以外が心をひとつにして、どこかの中心で「エ」を叫んだ。
「なななななななな、なんでさあ、ねッ!?」
「あの状況で無傷など、ありえ無いであろう! いったい何をしたのかね!」
ヘルトは顔色一つ変えずに、首を傾げ言う。
「んー……さあ?」
「さあ、とか。さあね、とか。そういう”さあさあ”じゃないさあね!」
混乱したエルザは「さあ」と言い過ぎていることに気づきもしない。
そんなエルザへカーランドは目を覚ますように伝える。
「エルザ! もう一度、詠唱させよう!」
「ア、アタシがヘルトの足止めをしろってのかい?」
「他に誰もいないであろう!」
「――アンタがやればいいさあね!」
「私がやれば傭兵達のようになるのは分かっている。出来るわけがなかろう!」
「アタシだって同じさあね! あんなもん逃げ切れると思ってるのかい!」
「あ、あの……もしもし?」
エルザとカーランドは自分の命の欲しさにヘルトと対峙する事を拒み続ける。
それは『周りの状況を把握できない』との事態へ発展し、ふたりの首を締めあげる結果となってしまう。
会話を割って入る男性の声――
「派手にやってくれたな……エルザ」
――――――ッ!??
その声の主は壮年の男ハルバトーレである。
片眼鏡をかけ、すらりと脚が伸び、その佇まいは紳士そのものだ。
彼『ハルバトーレ・ウイル・ラクシス』は、テリアの街でスノウが言っていたハルバトーレ卿、そのひと。スノウは馬車を止められた、のでは無くスノウを救護するためやってきた兵士だったのだ。
「なんでアンタが!?」
「ハルバトーレ様……エルザ、私たちはもう終わりなのだよ」
エルザたちの周りは、いつの間にか総勢三〇〇人以上の兵士が包囲していた。
状況に気付くのが遅すぎたこともあるが、大爆発魔法の粉塵や土煙などで視界が悪かった。結局この悪状況を生み出したのはエルザであり自業自得といえよう。
そして、ハルバトーレの横に並び立つ少女の声がヘルトを癒す。
「……ヘルト。良かった、間に合ったのね」
「スノウ。君が連れてきてくれたの――、か」
静かに微笑むスノウ。
ヘルトが無事だったことに心の底から安心したのだろう。
そして、その気持ちはヘルトも同じことなのだ。
互いに安否を心配する、今までのヘルトには無かったことなのだから。
「本当に、良か――――」
安心感に満たされたヘルトの身体は力なく崩れ落ちた。
きっと彼なりに神経を張り巡らせていたのだろう。
「――ヘルト!」
ヘルトへ駆け寄るスノウ。
ハルバトーレの指示により、兵士たちはエルザたちを捕らえにかかる。
これでヘルトは救われた……
――と、思えた瞬間。
「へェルトォオオオオオオオオッ!」
黒い風。
終わらない惨劇。エルザは魂狩りを発動させる。
「エルザ! これ以上の罪を重ねる気か!」
判然と声を上げたハルバトーレの言葉など、聞く気も無い。
エルザは気絶したヘルトへ一方的に魂を狩るだけ。
駆け寄るスノウの位置からは、心の 鏡でエルザの動きを止めることは出来ないだろう。
「アハッ! ヘルト、アンタも地獄へ連れて行ってやるさあね!」
自分はもう助からない、そんな感情からエルザは道連れを選んだのだ。
無防備なヘルトへ振り下ろされた鎌――
ウォンッ――、と脳に直接響いてくる奇妙な斬撃音。
まがまがしく黒い風がヘルトを覆う。
しかし――
――――――ェ!?
今度はどうでも良いところで「エ」を叫んだ。
ヘルトの魂は抜かれていない。
エルザは確かに狩ったのだが……ボーぜん鎌を見つめるエルザへむけスノウは言う。
「アナタ、先ほどの大爆発魔法で学んでなかったのかしら?」
「なんのことだい! 手元が狂っただけさあね!」
エルザは再び鎌を振り上げる。
「狂っているのは手元では無くて、アナタの頭のほうのようね。なんどそのビフォアを使用してもヘルトの命を奪えないことが、まだ分からないのかしら?」
「ふ、ふざけるんじゃないさあね。アタシは異能種なんだ、ちんけなビフォアと一緒にしないでおくれ!」
「……何もフザけてなんかいないわ。ヘルトには異能や術は無駄だと言っているのよ。それが彼のビフォアなのだから――」
「――へッ!!?」
ヘルトへ異能や術を使っても、それは無駄な努力なのである。
スノウはティカでの一件で心の 鏡を使用した際、へルトは効果範囲だった。その時”確信”していた。
ヘルトのビフォアは、曽てこの世界をシンパティーアと名付けた王の”才”。
英雄:『スーラ・アル・クルアーン』
彼の名の由来こそビフォアであり、ここで言う『スーラ』とは『柵または壁により囲まれたもの』を指す。
そのビフォアの名こそ――
――【天啓】[レヴェレーション(レベレーション)]
これは神などの超自然物から与えられた、ヘルトへの『お告げ』である……
お読みいただきありがとうございます。
「深緑の瞳 編」はここまでとなります。
閑話を挟み、次へと進みます(閑話は読まなくても問題ございません)。
今後も宜しくお願い致します。