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ふたりの決意


 宙に浮いた衝撃でオルマムの意識が消失。

 糸の切れた人形のように全身の力が抜け落ちた。


「あのジジイ、飛べるのか!?」

「ば、馬鹿いうな! 翼も()え、あの騎士が飛べるわけがねえだろ!」


 傭兵たちが”こう”言うのも納得できてしまう光景。

 それほどに奇妙な動きだったのである。

 しかし、それは傭兵側の感性であり騎士側の考えは真相をつく。


「違う……あれはスノウ様の――」


 そう、スノウのビフォアによってオルマムは宙を舞った。

 その名を――



 ――(Mirror)(of the) ( mind)。[ミラー・オブ・ザー・マインド]


 

 ここでいう『心の鏡』は、ことわざ『目は心の鏡』に見立てたもの。本来、このことわざの意味は『目を見れば、その人の心の様子がわかることの例え』ではあるが、意味合いの異なる『()は心の鏡』である。


 目はその人の心の中を映し出す鏡であり、その目を見て他人の心を探るのもやはり”目”なのだ。

 その裏を返せば『他人の心を探れば、同様に自身の心をさらけ出す』とも言えるのではなかろうか。


 そんな詮索はさておき、(Mirror)(of the) ( mind)でオルマムを宙に浮かせ停止状態にする事は出来ない。オルマムの胴体部に装備された鎧を弾き飛ばした(打ち上げた)のである。ボールを弾き飛ばしたようなものなのだから、当然ながら重力に逆らえず落下も。

 それゆえ落下する前に、再び三たびと弾くのだが……


「ミャ――ウッ(上へ)!」


 スノウの右手が何かを上に弾き返す動作。

 下方から突風が吹いたかのようにオルマムは上方へ。


「ミャ――ミッ(右へ)!」

 

 モモは身体全体で「右へ」を表現。

 スノウはオルマムを右へ打つ。

 己の知識では理解不能な状況に、エルザさえも混乱しているようだ。

 

「な、なにが起きてるってんだい!?」


 スノウがオルマムを(Mirror)(of the) ( mind)で打ち上げ、下げ、左右斜めへ。オルマムが落下せぬよう馬車への方向を指示しているのはモモである。

 モモは猫牙族。基本的に味覚以外なら人間であるスノウより五感が優れた者。

 更にバランス感覚は最もだが、猫牙族は遠近感が一線を画す。

 モモが指示をしているのは、オルマムを落下させずに過ぎ去る馬車のキャリジへ正確に納めるためであり、モモの野生的直覚がなければ不可能なことなのだ。


「ミャ――ヒシッ(左下へ)!」


 数回の制御から最後に左斜め下方向へ移動させると――

 オルマムはキャリジの横にある開かれた扉から、内部へと無事着地した。


「よし! モモ、よくやったな!」

「ミャ! ミャミャッ!」

「……ふう」


 御者台で歓喜するヘルト。

 モモは踊るように燥ぎ、スノウは成し遂げた安心感から胸を撫で下ろす。

 走り去る馬車をただ眺めていたエルザは、我に返り声を荒げた。


「お、追うさあね! アンタらボーッと突っ立ってるんじゃないよ! 狩られたいのかい!」


「「「「「は、はひぃいい!」」」」」


 傭兵たちは慌てふためきながら乗馬。

 カーランドと魔術師(マジシャン)は馬車でヘルトを追う。

 そんな中、オルマムの安否が気がかりとなり、内心穏やかではないスノウ。


「――オルマム。どうしてこんな事に……」


 全身の骨折と、見るも無残な鎌の傷。

 これで生きているほうが不思議なくらいだ。


 ――あの爺さんも危険な状態だが……

 オレたちの身も危険なことに変わりはない。

 このままだと、ガーゼルに辿り着く前に追いつかれちまうだろうな。


 こう心中で思いながら、ヘルトは打開策がないかと考える。

 馬車と単騎の馬では速度が違う。それを考慮すれば、追いつかれるのは時間の問題となろう。ガーゼルまであと四半刻(約三〇分)も逃げ切ることは容易ではない。

 そして、追いつかれてからでは遅いのだと……追いつかれることはヘルトのみならずスノウやモモ、助けたはずのオルマムの命さえ奪われるだろう。

 その考えに至ったヘルトは、スノウへ言う。


「スノウ。少しだけ御者を変わってくれないか?」

「どうしてかしら?」

「このままでは追っ手に追いつかれるだろう? オレに良い案があるんだ。頼む、少しだけでいいからさ」

「……わかったわ」


 スノウとヘルトは御者を交代。

 

「スノウ。爺さん……大丈夫かな?」

「危険な状態、だわ。早くガーゼルへ行って手当しないと……」


 いつになく真剣な表情で馬を操るスノウ。

 このオルマムという老兵がスノウにとってどれほど大事な者なのか、ヘルトには見て知れた。


「そうか。それなら急がないと、だな……」

「だから、そう言ってい――――……へルト?」


 スノウが声を荒げ、御者台で隣にいるはずのヘルトへ視線を向けた時――そこにヘルトは居なかった。

 馬車を飛び降りるヘルトへその名を叫ぶモモ。


「ァ――へるとぅ!」


 そして吹き抜ける風から聞こえて来た声。


 ――あとは頼んだぞ。スノウ……。


 ここでスノウは馬を止められなかった。

 振り返った馬車の後方にはヘルトの転げ落ちる姿。

 現状から、馬を扱えるのはスノウだけであり、それはモモとオルマムの命を託されたと同じこと。

 結局ヘルトには打開策など浮かばず、自らを犠牲にして時間稼ぎをすることくらいしか思い浮かばなかったのだ。


「……無謀、だわ。だから早死にすると……いった、の」


 瞳に浮かぶ涙で前を見ることもままならない。

 それでも手綱をしかと握りしめスノウは決意する。


 ……アナタは死なせない。絶対に――


 ヘルトの後方を過ぎ去る馬車、前方からは傭兵たち。

 自殺願望があるとしか思えない鬼畜な行動である。

 そのヘルトに気付き馬の脚を止めエルザは言う。


「ヘルト、元気してたかい?」

「エルザ、オレを騙しておいてしらじらしくないか?」

「アハハハ! よくそれに気付いたねえ。無能ってのは頭も(から)って事じゃないのかい?」

「なにいってんだ? 仲良く髭のおっさん(カーランド)もいるだろう。どう見ても仲間だからな」

「だ、だから、私はおっさんではないと前にも!」


 ヘルトは何でもいい、只々時間が稼ぎたかった。

 エルザは右手をかかげ魔術師(マジシャン)へ詠唱の準備をさせる。

 

「仲間? こんな奴が仲間なことあるかい」

「え? エルザ……」

「まあ、おっさんも利用されたってことだ」


 利用したつもりが利用された、と思うカーランドではあるがエルザへ逆らえる筈も無く、反論する言葉もなかった。

 傭兵たちが「手筈通り」とばかりにヘルトの逃げ道を塞ぎ始める。


「エルザ、囲われたって、オレはそう簡単に斬れないぞ?」

「アンタの回避能力だけは認めるさあね。けれどね――」


 エルザの後方で詠唱を完成させた魔術師(マジシャン)

 傭兵もヘルトを囲い終えた。


「避けきれないものだってあるさあね。馬車は行っちまったけれどアンタは逃がしゃしないからねえ」

「……魔法攻撃か? 今まで避けてはきたが、確かにその人数なら難しいかもしれないな」


 ヘルトは物理攻撃を全て回避してきた。

 もちろん魔法攻撃も同様である。しかし、複数人での剣撃は避けてきても複数人の範囲魔法で攻撃されるのは初めてなのだ。これは魔法の着弾点を予想できても、身体能力だけで回避できる範囲が問題となる。だからこそヘルトは「難しい」と言った。


 

 ――――――


 

 ――その頃スノウは。

 ヘルトが身を挺して窮地を回避できた馬車は、ガーゼルヘむけ進む。

 しかし、ガーゼルまでは程遠くスノウの焦る気持ちが先立つ。


 ――お願い、急いで……! 

 ガーゼルまで行けば何とかなるかもしれないの。


 こんな気持ちから、馬の脚を()かせてしまう。

 


 しかし……


「スノ! まっ()!」


 モモが前方を指差し、スノウを失望させる状況を伝えた。

 ガーゼルの入り口も見ぬまま、馬車の前方に軍隊の壁が立ちはだかる。

 その数、三〇〇以上。


 ――なんてことなの……

 ヘルトが身を挺し、あと少しでガーゼルだというのに。


 この数をスノウが制御し逃げ切ることは不可能。八方ふさがりである。

 ヘルトを助けることも出来ずモモやオルマムも救えない、そう思った。

 馬車の進路を塞ぐ軍隊。これ以上先に進むことは許されず、(めい)じられるがまま馬車を止めるしか無かった。


 スノウの決意とは裏腹に現実とは残酷なもの――


 ――――――

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