対峙
◆
――同日の夜。
ガーゼルより更に東へ馬を走らせること一刻。
アストラータの最東部には隣の小国フィアーバとの国境が存在する。
国境線に聳える巨大な壁は、アストラータの周囲をぐるりと覆うように切り立つ。
アストラータからフィアーバへ赴きたい場合、この国境を越える以外の方法は無い。この国境線の一部に検問が敷かれており、通過するには通書と称された証明書が必要とされている。当然その逆も同様である。
この東に位置する『フィアーバ国境』の一部に、野営地を設けているのは王国騎士団。それは全ての王国騎士では無く、何者かの命により単独で行動する少数の騎士であり、その総数は三〇名にも満たない。
野営地で一番大きなテントに一人の騎士が立ち入る。
中へ入り、地へ片膝を付くと同時に初老の騎士へ声をかけた。
「オルマム様」
「……来たか。状況を聞かせよ」
初老の騎士の名はオルマム。重戦士である。
初老とはいえ、永きに渡る戦果の証とも思える凛とした立ち振る舞い。
このオルマムは騎士の威厳に満ちており、その地位の高さが伺える。
「はっ。本日の調査では、未だガーゼルでの確認は取れておりません」
「そうか……。して、ガーゼルで嗅ぎ回っていた傭兵に動きはあったのか?」
「それが……」
オルマムが言う傭兵とは黒の双頭を指す。
エルザやカーランドが王国騎士の動向を察しているのだから、その逆も然るべきだろう。現在では、互いに探り合っているだけで接触はしていないようだが。
「どうしたのだ? 言ってみろ」
「は、はい。その傭兵なのですが、昼過ぎから忽然と姿を消しまして。もしや先に探し当てられた可能性も」
「ふむ。消えた、か……あれだけの数の兵、確かに妙ではあるな」
「いかが致しましょう?」
オルマムは白髪交じりの顎髭を撫でるように触り、暫く考えたのち口を開いた。
「探し当てた、とはいえまだ接触はしておらぬだろう。もし接触しておったら、わたしの耳に入るはずだからな」
「確かに。あのお方がご一緒なのですから……」
「そういう事だ。だが、何かあってからでは遅い。探索の方向をその傭兵団に絞るとしよう。奴らが探し当てているのなら、自ずと我らの任務へ繋がるだろう」
「はっ。では、そのように」
騎士は地に付いた膝をあげ立ち上がると、オルマムのテントを後にする。
再び顎鬚を撫でながら、何かを模索する様子をみせテント内の騎士たちへ向け言った。
「明日は、わたしも行こう。このまま傭兵どもを野放しにしておくのは得策ではないだろう。直接聞きだす必要がありそうだ」
そして夜が明ける――
◆
――次の日。
ガーゼルヘ向かうヘルト一行。
ガーゼル近郊でヘルト待ち受ける黒の双頭とカーランド。
その黒の双頭を追うオルマムの騎士団。
まず先に動いたのはオルマムの騎士団。
黒の双頭の動向を探るのは至って容易なことだった。
それはガーゼルで派手に動き過ぎたからである。所詮は傭兵といったところか、内密に行動することなど考えてはおらず、無駄話も多いのだ。それゆえに、昨晩のうちに動向が知れた。
簡潔に言うと傭兵というのは、結局金さえ支払えばどのような秘密でも簡単に洩らすからである。
黒の双頭の居場所を突き止めたオルマムは、足早に馬を走らせガーゼルの外れへ。現在は黒の双頭とオルマムの騎士団が対峙している状況である。
そんな状況下で最も困るのはカーランドだ。
「エ、エルザ! なぜこのような事になっておるのだ!」
「まあ、落ち着きなよ。ここはアタシが何とかするさあね」
「相手は王国騎士であろう! どう逃れようというのだ」
王国騎士二〇数名、黒の双頭五〇名以上、それに加え魔術師一〇名。戦力はエルザが有利と言えよう。
「この戦力でウチが負ける、とでも?」
「君は何をいっているのだ!? 王国騎士なのだよ、彼らは」
「あん? 死人に口無しさあね。ひとりも生かして帰すつもりはないよ」
エルザは微笑む。
それは極めて冷ややかなもの。
「私が王国騎士へ手を出すわけにはいかないのだ。私の揃えた魔術師たちも同様だ。王国騎士へ魔術師を使うわけにはいかないのだよ」
「カーランド。あんた、アタシの鎌で今狩られたいのかい?」
「――な、なんだと!?」
「狩られたくなきゃ、さっさと詠唱の準備させな!」
カーランドはエルザへこれ以上反論することは出来なかった。
それほどにエルザの鎌は恐ろしいのである。
魔術師の詠唱を確認後、エルザは対峙するオルマムへ言う。
「王国騎士様、こんなところまで何のようだい?」
対するオルマムは騎士団の群れを一歩前進し、これに答える。
「お主ら、ヘルトという者を追ってこの場で網を張っているのだろう。それはヘルシンド伯爵の件に関連しているのではないのか?」
これを聞いたカーランドは分かり易く動揺した。
「どうやら……間違いではなさそう、だな」
「あらら。バレちまったよ、カーランド」
「エ、エルザ! 私の名を言わないでくれたまえ!」
大声でエルザへむけたカーランドの言葉は、離れたオルマムにもはっきりと聞こえてしまったようだ。まさに道化である。
「……なるほどな。その近衛兵とはグルだったのか」
互いが対峙する距離は約三〇歩。
魔法攻撃ならば、十分届く範囲だろう。
エルザとしては今更隠すつもりなど無く、王国騎士へ恐れ戦く様子も無い。
すぐにでも戦いを始めたくてウズウズしている、という感じだ。
「察しはつくが……なぜ伯爵を?」
「決まってるさあね。金以外に何があるってんだい」
「やはりな。護衛任務を経て、伯爵の信用を得てから討つ……そんなところだろう」
「ふふ。護衛料に加え、暗殺料。美味しい話とは思わないかい? お陰様で稼ぎには満足してるさあね」
殺害されたヘルシンド伯爵は主に他国との貿易を任されていた。
黒の双頭は伯爵の護衛につき約一ヶ月間、東の国フィアーバとの貿易の話を纏め上げるまでの護衛任務だ。その護衛任務でひと稼ぎしたあと伯爵を暗殺し、その罪をヘルトへ着せた。
近衛兵のカーランドは金をもらい受けて、ヘルトを罪人として抹殺するようエルザが依頼。これは法の下ヘルトを抹殺したほうが後々面倒とはならないからである。全てでは無いが、これが今までの経緯だ。
オルマムとしてはここまでの予想はついているのだが……
「エルザ、とか言ったか。お主らに伯爵の暗殺を命じたのは誰なんだ?」
「あん? そんなこと言うわけないさあね。アタシをそこらの傭兵と一緒にしないでおくれ」
エルザは後方の魔術師を確認すると。
「――話はここまでのようだねえ」
エルザは右腕を高く上げた。
これは合図である。詠唱し準備を行っている間に会話する。
会話を終えるまでの全てはエルザの思惑通り進んでいたのだ。