その1 アイズは何を視たか
なんでも初めてってのは緊張しますね。
初投稿、よろしくです。
アイズは早足で歩いていた。時々両足とも宙に浮いているように見えるので、或いは小走りというべきかもしれない。まだまだ先は長いのだから、もっとゆっくり行くべきとは自分でも思っているらしく、立ち止まっては深呼吸を繰り返している。
尾根からは標高のわりにはなだらかなつづら折りが麓まで続いている。降ってその小道は程なく大きな街道に繋がり、その先に都が広がっている。小国ティルドの首都である。然して大きな都市とも言えぬが田舎の小娘にすぎないアイズにとっては、充分な衝撃だった。
アイズが駆け足だか早歩きだか自分でもよく判らない状態に陥っているのは、尾根を越えて直ぐにこの光景を目にしたからだ。
「坂道だから、捗るにゃ」開き直ったのかな。
国道を行き来する商人や旅人達は、つづらを降った辺りで、へろへろに為っている獣人の少女を目にすることになるだろう。
ティルドの首都ニウベイは、南を山々に守られた半島の西の根方にある大きな湾を抱えた貿易港である。その湾の片翼を形成する岬の突端に、大魔導師ウィンドウブルの居城がある。その城の中庭で忙しなく歩き回っている男がいる。文字通りぐるぐると回っている。定番のローブを纏っていることから、件の大魔導師なのだろう。
「少し落ち着いてはいかがですの、我が君」芝生にダメージを与えつつある円周の中心には、小さな東屋があり、設えられた小卓の四脚の椅子の一つに、優雅に腰かけている貴婦人の声には険があった。
さもありなん、のんびりと昼下がりの紅茶を楽しみたいところ、このバカ亭主と来たら眼の前を、ぐるぐるとくるぐると···。筆者ならカップのひとつも投げつけているところだ。もちろん当たらぬように、だって相手貴族だし、言って無かったっけ、今言ったからOKてことで。伯爵様ね、いちおう。
「機嫌を直してくれないか、マイスィートハート スノー」おや、奥方様は始めから斜めであらせられたようだ。「何度も言うように、誓って隠し子なんかじゃない」<言ったように>じゃないのね。これうからもいい続ける、つまり信じて貰える気がしないって事でいいのかな。
「聞けばみめ麗しき獣人の娘と謂うでは無いですか。ならば私の嫁ぐ前の種、機嫌の悪う為る筈もありませぬ」話が見えない?筆者にも見えてないからOK。
「だから身に覚えないと何度言えば···」
「ほう、王都じゃなくて西の岬かい」アイズを拾ってくれたのは、小太りの行商のおばさんだった。
「んだにゃ、公子さまが隣の国の王子さまにゃるでおらが代わりだにゃ」火種、来たる。
「こりゃ驚いた、公女様かい。岬の城の門前町にも寄るから、連れてってやるよ」やんごとなきお方になんて口の聞き方、これだから庶民は。
「んにゃ、奥さまの話し相手だにゃ。おらに公女さまは無理だにゃ」やんごとあるお方のようで。庶子だから遠慮するって事かな。てか、代わりとか紛らわしい言い方すんな。
所変わって隣国は武断の国ゾウダラン。小国ながら貿易で稼いでいるティルドを虎視眈々···と謂うこともなく、両国は、なかなかに良好な関係である。そのティルドから密命を果たし、宰相と臨時筆頭魔導師が帰還した。臨時というのは、魔法連盟からのレンタルだからである。そのことについて、詳しく述べると紙面が尽きるので、ここでは割愛する。
「それでは、まっことアルスの落とし種であると」問うたのは、行商のおばさんより二回りは立派なウェストのおばさん、もとい、女王陛下。コルセットで締め付けてだから、比べるのは失礼だったかもしれない。
「間違いなく。ご兄弟の髪の毛を試料に頂き精査致しました処、兄君で9割8部、弟君で9割9部の蓋然性と出ました」DNA鑑定できるんだ。いや、まて。流れ的にこの兄弟て、ウィンドウブル伯爵の子供達だよね。孤児引き取ったら貴種だった?それともまさかの、奥さま不倫?あ、これ臨時さんの発言ね。
「次男は妾腹と聞いたぞ」
「それについては、某から」どう見ても脳筋マッチョの宰相さん。
「おそらく第二夫人は、アルス殿下の御愛人であられたかと。先の大崩落にて殿下討ち死になされた折り、背後を固めておられたのが大魔導師ウィンドウブル様、聖女スノー様、楽神の巫女ムジカ様。しっかりせよと、残敵を打ち取った親友のウィンドウブル様に抱き抱えられ、ムジカを頼むと、後を託すアルス殿下。男の友情ここに際まれり」あらあら、宰相さん泣き出しちゃったよ。
「確かな話か」鼻じらんだ陛下は、パートさん···じゃないや、派遣さんでもなくて、臨時さんに訊く。
「宰相閣下の詩才が多少脚色を呼ばれたようですが、概ね妥当な推測かと。」臨時さん言葉に困ったね。伯爵に尋ねては見たものの詳しい状況は教えて貰えなかったらしい。
「ふむ···。して猊下の事情は?あの堅物がアルスに靡いたとは、どうにも信じられぬ。長男は産み児で間違いないのか」
「取り上げた産婆に訊きましたが、それは間違いない様です。しかし···」臨時さん、ここで言葉を切る。
「兄君と聖女様の血が合いませんでした」どゆこと?
「はっきりと申せ」
「御産みになられたのは確かに聖女様ですが、血は繋がっておりません」
「しょぼいにゃ、町じゃないにゃ。ただの村だにゃ」
偏屈なロバに牽かせた荷車は、見かけに依らず丈夫なようで、ぴょんぴょんと弾みながら村人にとっては理不尽な抗議をする獣人少女に耐えてみせた。あ、村人て言っちゃった。
アイズ達は王都で一泊し一通りの経済活動を済ませた後、岬の門前町改め門前村に、やって来ていた。王都でのあれやこれやは、4000字程も掛かりそうなのですっぱりと省略する。けして面倒だからではない。話を進める為である。ほんとだよ。
「馬鹿にしたもんじゃないよ、大魔導師ウィンドウブル様のお膝元だからね。王国内じゃ最も安全な所って、もっぱらの評判さ」見た処、2~30戸程の掘っ立てよりはましな小屋の集まりでしかない。アイズの部落の方が余程大きい、大体5軒程だけど。そんなに安全なら、何故こんなにこじんまりしているのか、もっと人が集まっても良いのではないか。呆けキャラらしからぬ的確な指摘を、アイズはぴょんぴょん荷車を揺らしながらした。ロバは迷惑そうだ。
「いい質問だね」にんまりとおばちゃんは、長めの説明モードに入る。そういえば、おばちゃんの名前なんだっけ。
「先ず、大した畑が作れない」立地の問題だと謂う。岬の先っぽに危なっかしく乗っかってる塞城は良いにしても、山脈の曾々孫みたいのが海に突き出したのが、そもそも西の岬なのだ。耕地面積は限られている。
漁業にしても、良い船着き場に成りそうな海岸も乏しく、そちらは寧ろ王都の専売だ。
致命的なのが水で主な水源は雨、ちょろちょろとした湧き水、城から希に鉄砲水。
「なんで、城から鉄砲水がでるにゃ。城に見えて実はダムとかの落ちかにゃ」アイズは口をあんぐりと開けた。ぴょんぴょんするのを忘れている。ロバはほっとしているのかと思いきや、なんだか残念そうだ。迷惑そうな顔をしてその実、楽しかったのかも知れない。
「さぁねぇ、大魔導師様のする事だからねぇ。」
一人でも読んでくれる人がいたら的なオーソドックスなスタンスを目指します。
これって難しいんだよね、変な欲とか出ちゃうし。