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 同日、午後十時半。車の返却、及びランチと午睡とディナーを終えた僕は、未だリグルに留まっていた。その目的は、


 キィッ……。「全く、人の気も知らないで。暢気によく寝ているよ」


 消灯後の病室は暗かったが、月明かりに照らされたミトの寝顔はよく見えた。尤も半分以上ガーゼと絆創膏で覆われ、頭も包帯でぐるぐる巻き。まるっきり木乃伊の仮装だ。

「矢張り君だったか」

「ああ、如何にもそうだよ」

 廊下に出た所で声を掛けられ、待っていたビ・ジェイ弁護士に軽く頭を下げられた。

「怪我の具合は?」

「命に別状こそ無いが、見ての通り重傷だ。以前の骨折箇所の治療も含め、医師には三ヶ月絶対安静だと告げられた」

「だろうね」

 幾ら治癒力の高い子供とは言え、流石に傷の数が多過ぎる。加えて慢性的な栄養失調とくれば、多少時間が掛かるのも致し方無い。

「君がミトを救出してくれたのだな。虐待の忘却に加え、彼の所持していたドッグタグは政府の強行課、それも父親の物だった。それらの事実を鑑みても、ジョシュア。私の知る限り、それらが可能なのは君しかいない」

「御明察。いや、別に人助けとかじゃないんだよ」

 くすくす。

「単なる復讐の一環さ。そこの所勘違いしないでよね?」

「了解した。どちらにしても私には無関係だからな。―――ミトを救ってくれて、本当に感謝する」

 先程より深々と一礼。こそばゆいなぁ。

「止めてよ、恥ずかしい。ああそうだ、こいつの母親は何処だい?さぞや感動の再会だったんだろう?」

「……いいや。いるにはいるが、彼と対面させるつもりは無い。そう―――」

 無表情ながら言い知れぬ沈痛さを表し、弁護士は続く言葉を絞り出した。


「―――後一歩だけ、君達は遅かったのだ。彼女は昨夜、一人霊安室へと……」「……そんな事だろうと思ったよ」


 嘆願書の最新版を読んだ時から、うっすら厭な予感はしていた。ゴリラ共の強烈なストレスは文字通り、彼女の心身を蝕み切ってしまったのだ。

「私は退院までに彼の、ミトの親権を得ようと思っている」

「へえ」

「バントレー・ディタントは現在、政府の特別精神病院に入れられている。君の、その『目』の後遺症治療のために」

 崖から落下直前、最後の一撃と暗示を掛けてはみたけれど、如何せん時間が短過ぎた。どれ位症状が出ているかは、術者の僕自身すら予想が付かない。

「あとコンラッド・ベイトソンとランファ・ダイアンが、いなくなった君を捜している。Dr.メアリー達の件は残念だが……今事を起こすのは拙い。当分は息を潜めているしかないだろう」

「え、何?もしかして君、僕に『ホーム』へ戻れって言いたいの?断るよ。束縛されるのは嫌いなんだ」

 それが仮令、本物の家族のように居心地の良い場所だとしても。

「だろうな。ベイトソン氏も、君は元来放浪者だと零していた」

「あはは!さっすがおじさん、分かってるね」

 愉快さから手を叩きつつ、半開きのドアから病室を確認。心身共にズタボロな少年は、五メートルも離れていない廊下の会話にも絶賛爆睡中だった。

「で、結局伝えたの、母親の件は」  

「いや、生憎まだ。何せ病院への搬送途中で気絶し、それから昏々と眠り続けている有様だからな。恐らく深い傷を癒すため、彼の本能が働いているのだろう……」

 痛ましげに伏せられる、アイスブルーの両眼。だが、矢張りその記憶は断片すら読み取れない。稀にいるのだ。“イノセント・バイオレット”を受け付けない、心を読ませない人間が。

「あの分じゃ、説明されてもしばらく理解出来ないかもね。両親関係の記憶、かなり希薄になっていたし。ま、下手に大泣きされるよりはマシじゃない」

 薄情な発言だ、自分でもそう思う。人一人が死んだんだぞ。それも知人の母親が、

「ところでビ・ジェイ弁護士。折角だから一つ訊いておきたいんだけど―――どうしてミトにそこまで入れ込むのさ。君とは赤の他人だろうに」

 それに彼女も職業柄、重々知っている筈だ。未成年、しかも元被虐待児を引き取った先の並大抵でない苦労を。

「特に子供が好きそうにも見えないし、母親から遺言でもされた?」

「いや、養子縁組はあくまで私の意志だ。他意は無い」

「ふーん。物好きだね」

 流石あのメアリーの元患者。変人加減では良い勝負だ。

「ま、面倒見るならちゃんとやってね。家族になる以上、ペットと違って簡単には捨てられないんだからさ」

「ああ、元より覚悟の上だ」

「宜しい。なら僕はそろそろ行くね」

 右手を挙げ、非常灯の照らす廊下を数メートル行った所で、ふと振り返る。

 

「―――ああ、忘れてた。俗世に飽きたら適当に顔出すから、二人にはそう伝えておいて。じゃ、おやすみー!」




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