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「―――おーい、ミト。ミトってば!」ぺちぺち。「っ!!?」


 さあ、芝居開始だ。意識を取り戻した頬を叩く手を引っ込め、僕はサッと立ち上がる。

「何時までボーッとしているんだい。今服を持って来てやるから、早く着ろ」

「あ、うん」

 僕は再度クローゼットへ入り、新品のYシャツと長ズボンを投げ渡す。餓鬼は突然の命令に吃驚しつつ、しかし寒さから素直に着用を始めた。暗示で一時的に全身の痛覚、及び怪我への認識は停止している。行動の度いちいち痛がられては、鬱陶しい事この上無いもんね。

(それにこの脚じゃ、本来は立つ事すら辛い筈だからね)

 気持ち歪んだまま繋がった両脛を眺めていると、ミトが不思議そうにこちらを覗き込む。酷い記憶を封じられ、本来の無垢な黒い瞳で。

「一つ訊きたいんだけど……あんた、誰?」

 うん、ご尤も。起きたら目の前に見知らぬ美少年が立っていたんだ。至極当然の質問だよね。記憶も敢えて植え込んでいないし。

 僕は両腕を広げ、やれやれと呆れた風に首を左右へ。

「おいおい。まさか君、このピーターパンを覚えていないの?―――嘘だろ、何て恩知らずな子供だ。家に帰る前に一っ風呂浴びたいって言うから、わざわざ沸かして入れてやったってのにさ」

「ピーターパン?あんたが??」ぱちぱち。「絵本と大分顔違うけど」

「あんな物、イラストレーターの想像に決まっているだろ。大体ね、僕にだって肖像権って物があるんだよ。モデルにしたいなら、最低でも札束の一つや二つは積んでもらわないと」

「ショーゾーケン?」

 ったく、これだから世間知らずの餓鬼は。

「後で母親にでも訊け。着替え終わったなら、これでも食べて少し待ってろ」

 鞄からメロンパンと紙パックの牛乳を手渡す。流石に低血糖症状を抑制する暗示までは掛けていない。倒れられたら困る。

 半廃屋から徒歩五分。運の良い事に、目的の小型乗用車は最初に見た時と同じ所に停まっていた。手早く人家に入り、所有者の使用許可を得る。優しいオジサンは快く了承し、紙幣を受け取ったのと逆の手でキーを貸してくれた。

「えっ?ピーターパン、運転出来るのか?」

「当たり前だろ。ネバーランドに車は無いけど、ドライブ位僕に掛かれば朝飯前だよ。さ、乗った乗った」


 ブロロロッ!「出発ー!」「おー!」


 機嫌の良いエンジン音に掛け声を乗せ、僕達は街の中心部へ向け移動を開始した。

「スゲー!脚あんま届いてねえのに」

「細かい事気にするな、ハゲるぞ。ああそうだ、暇ならナビしてくれ。地図は」鞄をゴソゴソ、ポイッ!「小さいけどそれで頼むよ」

 ある程度の土地勘は道中で付いたが、あくまで大体だ。仮令記憶喪失でも現地人の方がまだ詳しい筈。

「えーーっと……弁護士、事務所?ここが俺の家なのか?」

「はー。本当に何も覚えてないんだね」

 対向車に注意しつつ、ハンドルを右へ。

「いいかい?君と僕は今朝、ネバーランドからこっちに帰って来たんだ。御両親の心配の手紙が何通も届いて、君もホームシックで泣いてばかりだったから特例でね」

 わざとらしく溜息。

「どう、そろそろ何か思い出した?」

「い、いや……全然、これっぽっちも」

 当たり前だ。大体そんな設定、暗示すらしていないし。

(でもこの餓鬼、予想以上にちょろいぞ)

 突然初対面の人間に「あなたは御伽噺の世界の帰りです」などとほざかれれば、普通眉に唾を付けて質問を重ねる物だ。ま、その時はこっちも隙の無い作り話でお返ししてやるけどね。

「って言うか俺、ネバーランドどころか行く前の事も全然覚えてないぞ」

「あっそ。とにかく、向こうで御両親が待っているんだ。今の内に再会の第一声でも考えてなよ」

 弁護士達に預けさえすれば、お節介は無事終了。生憎本来の目的であるクローディアの復讐は叶わなかったが、もうどうでもいいや。

 拙いナビゲートに右往左往しつつも、どうにか目的地に到着。エンジンを止めて先に降り、助手席のドアを開けてやる。

「ほら」

「あ、うん」

 傷だらけの手を取り、ひっそりと看板を掲げる商業ビルの入口へ。

「一階だからそこを入ってすぐだよ」

 嘆願書の束を握らせ、階段横の擦り硝子戸に向かって背中を押す。

「ほら、行った行った!」

「ピーターパンは、付いて来てくれないのか……?」

 振り返り様向けられた、捨てられた子犬のような目。僕は大袈裟に肩を竦めてみせた。

「当たり前だろ。僕は大人に見つかっちゃいけない存在なんだ。だからここでお別れさ」

「けど」

「仕方無いなあ」

 頭を掻きながら、空いた手に例の金属片を握らせる。

「何これ?バント、レー……?」

「ネバーランド製のエンブレムだ。そいつを持っている限り、お前の勇気は何時だって満タンさ。但し、大人共に見られたら効果は無くなるからな。くれぐれも用心しろよ」

「あ、ああ!」ギュッ!「ありがとピーターパン!俺、一生大事にするよ!!」

 馬鹿は無邪気な笑顔で父の勲章を握り締め、ズボンのポケットに収める。そして、


 パタパタパタッ!ガチャッ!「ただいま!!」「やれやれ……あぁ、疲れた」





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