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 施設の連中と違い、金髪の優男は非常に紳士的だった。

「さ、そこに座ってくれ。コーヒーは飲むかい?―――分かった、すぐに持って来させよう」

 政府館の使いだと名乗る彼が、出入口傍で控えた例の医者に命じる。すると一分もしない内に、俺の目の前へ紙コップが置かれた。それも湯気の立つ、淹れたてのドリップコーヒーだ。

 俺が案内されたのは、時々医者や看護師共に入れられている小部屋だ。家具一つ無い普段と違い、今日は椅子二つとテーブル一つが運び込まれていた。

「申し訳ありません、―――様。安全のためとは言え、このような場所しか御用意出来ず」

「構わないよ、僕だって命は惜しい。専門家のルールには喜んで従わせてもらうよ」

 深々と頭を下げる様は、俺を診察する時とまるで別人だ。どうやらこの優男、只者ではないらしい。

(こいつに巧く取り入れば出られそうだな、このクソッたれの病院から……)

 初めて巡ってきた又と無いチャンス。如何に正常で真面目、そして息子想いの政府員だとアピール出来るかが勝負所か。

 審査官は卓上で手を組み、薄茶色の瞳で意味ありげに俺を見据えた。


「早速だが僕の用件を言おう―――バントレー・ディタント。君の働きと名誉の負傷に報い、今回聖族政府より殉職相当の二階級特進を命じる事となった」「……へっ?ほ、本当ですか!!?」


 反射的に立ち上がった俺に、医者がギョッ!と身構えた。背後に走った緊張を感じ取り、まあまあ、客人が笑顔で宥める。

「当たり前じゃないか。君が参加していなければ、『S作戦』は失敗に終わっていたに違いない。『Dr.スカーレット』を捕縛したのが英雄殿でなくて本当に残念だよ」

「そ、そんな……!」

 照れ隠しに咽喉へと流し込んだコーヒーは、久々なせいかやけに苦かった。

「ただ医師の診察に因ると、息子さんと近い年頃の子供達との戦闘で、大分精神的に参っているようだね。事前にカルテを読ませてもらったよ……実に申し訳なかった」

 重い溜息を吐き、誠心誠意頭を下げる使い。顔を上げて下さい!俺は慌てて叫ぶ。

「自分はただ、与えられた任務をこなしただけで」

「しかし―――ああ、ディタント氏。どうか冷静に聞いてくれ」

「はい!」

 いよいよ本題か。脱出が掛かっているんだ、ミスは赦されないぞ。

「良い返事で、ますます申し訳無いね……実は君より重症な数人を先日、外部の夢療法士に診察させたんだ。結果、君等に掛けられた術はとても強力な物だと判明した。完治には早くて数年、下手すれば十数年掛かるらしい。しかも術の影響が抜け切るまで、二次感染を考慮して家族との面会も」

「っ!!?じゃあ、ミトにはもう……」

 高揚感から一気に墜落しかけた俺へ、諦めないでくれ、使いは首を横に振る。

「希望を捨ててはいけない。僕等も今、死に物狂いで治療法を模索している所だ。今は回復に専念したまえ」一拍置き、「息子さんは今、僕等が責任持って施設で預かっている。だから何時の日か、必ず迎えに行ってやるんだ。いいね?」

「は、はい!!」

 何度も頷く俺へ、彼は横の革鞄から数枚の書類を差し出す。

「良い返事が聞けて嬉しいよ。―――さ、これが息子さんの当面の手続きに必要な書類だ。そっちは君の昇級と、向こう三十年分の恩給の申請。お役所仕事で済まないが、生憎受理には直筆のサインが必要な規則でね」

 しかも期限付きとは言え恩給まで!やった、やったぞ!下っ端から苦節十数年、とうとう俺の努力が報われた!!

「喜んでもらえたついでに、もう一つ良いニュースだ」

 そう微笑み、女のように細い人差し指を立てる。

「明日付けで君を移送する。こんな五月蝿い所にいたんじゃ、何時まで経っても不眠症は治らないからね。新しい病院はもっと静かで、しかも設備の整った所だよ。きっと君も気に入る筈さ」

 スッ、芝居がかった仕草で掌を上へ向ける。

「さ。サインが終わったら、今夜は祝いに出前を取らせよう。カツ丼でもピザでも、好きな物を頼むといい」

 何てこった!まさかここまで高く評価されていたとは……ああ、ミト。父はやったぞ。しばらく会えないのは辛いが、絶対治してみせるからな!

 受けた術の後遺症か、書類の文面は難解過ぎて殆ど読み取れなかった。多少恥ずかしかったが素直にそう告白すると、使いはゆったりと微笑んだ。

「ああ。矢張り他の患者同様、識字力も大分低下しているようだね。回復するまで保留にするかい?僕は別に構わないけれど」

「いえ、大丈夫です」

 医者共と違い、この男は信用出来る。それに申請が遅れては俺はともかく、外にいる息子が困るだろう。

「そうか。案ずる事は無いよ。署名さえ書いてくれれば、後の細々した手続きは全部僕が恙無くやっておこう」

「ありがとうございます……じゃあ」 

 俺は手渡された万年筆を受け取り、早速手前の一枚目から取り掛かった。




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