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「―――あーあ、すっかりずぶ濡れだよ」
河口寸前の砂浜。周囲の無人を確認し、脱いだ服を絞りながら誰にともなく呟く。
僕の名はジョシュア。昔は一時期別名を使っていたけれど、ここ三十年程は素直に本名を名乗っている。だって如何にも無邪気な子供っぽいでしょ、えへ❤
「にしても、これは流石の『ホーム』も終わりだね……今までで一番居心地良かったのになー、残念」
この生まれつきの異能の両眼、“イノセント・バイオレット(純潔なる紫)”が使えない事を差し引いても、あそこ程肩肘張らずに暮らせた家は無かったのに。何せ他の連中も僕と同じキャリアな上、揃いも揃って変人ばっか。多少知識を垣間見せたり皮肉を言ったりした所で、驚愕どころが普通に流してしまうような連中だ。人心掌握のプロとしては、やりにくい事この上無い。
「あーあ……捻くれ者でキューの前でだけええ格好しいのアダムはともかく、クローディアは本当に良い雌ライオンだったのになあ」
何度かモフモフさせてもらったお腹の感触と温かさを思い出し、柄にも無い感情を覚える。きっと全身ずぶ濡れなせいだ。服を着替え、しばらくストーブにでも当たればあっさり忘れてしまう感傷。それでも、
「そう言えば咄嗟に引き千切ったけど、これってドッグタグだよね?」
落下直前、僕を捕まえていたゴリラ男の物だ。彫られた名前はバントレー・ディタント。階級は一等兵だってさ。
左端の自宅住所は“紫の星”首都、リグルと記されていた。確か人口一万人にも満たない街だ。しかも同じ過疎地の“碧の星”と違い、“紫の星”は地質と日照が悪く、大規模農業には凡そ向かないときている。つまり、ロクな産業も無いド田舎って訳。
「どうせ『ホーム』には戻れないんだ。仕返しにパーッ!と奴の家を焼き払ってやってから、心機一転新天地へ旅立つとするか」
明るい将来設計を宣言し、水平線を昇る見事な達磨朝日を拝む。
「ああ、僕って奴は何て心が広いんだろうね。まるでこの大海原みたいだ!」
両腕を目一杯広げて叫び、僕は意気揚々と最寄りの人里目指し歩き出した。