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※この話は『花十篇 カーネーション』の続篇です。
前作のネタバレが多分に含まれますので、先にそちらを御一読頂けると助かります。
また、『前十篇』シリーズはオムニバス形式の作品です。
読む目安は、赤→灰→緑・蒼・白・黄→金→イレイザー・ケース→虹・黒となります。
可能であればその順番でお読み下さい。
「―――どう、感慨深い?」「いいや。ちっとも」
草木眠る丑三つ時。ラブレ総合病院地下、遺体安置所にて。非常灯が照らす冷たい世界に響く、二つの若い声。
「ま、当然だよね。それでも呼び出しに応じたのは」
「家の掃除と買い出しのついで、だよ」
壁に据付の遺体棚は現在、侵入者達の手に因り中央の一つが引き出された状態だった。借り主は苦悶を通り越し悪鬼と化した類人猿、もとい中年男性だ。岩石にも似たゴツゴツの太い首には、半周にも及ぶ真新しい縫合痕。他に目に見える外傷は無く、死因は頚動脈切断からの失血死でほぼ間違い無いだろう。
生前より血液分萎んだ抜け殻は、だが尚も正面を睨み付けていた。恰も見下ろす者を、自分をこんな目に遭わせた憎っくき殺人犯だと糾弾するかのように。
「……こうして眺めても、もう何も感じない。赤の他人以下だ」
淡々とした口調の数十秒後、踵を返す靴音が響く。
「連絡ありがとな、ピーターパン。これから仮眠して、向こうへは始発で帰るよ。お前はまだここに?」
「僕だって帰るよ、こんな辛気臭い所。まだ……やらなきゃいけない事があるからね」
抽斗を元に戻し、再び狭苦しい暗中へと類人猿を還す。
「さあ、チンタラしてないで行くよ。そろそろあの警備員が目覚める時間だ」
「だな」
軽重の異なる足音が遠ざかる途中。霊安室に残された被害者の腐りかけの耳に、ふとこのような会話が届いた。
「ところで久し振りにお前の部屋泊まりに行っていいか、ジョシュア?」「ヤダ」「ケチ」
そんなやりとりを最後に殺人者達が去り―――仲間と共に惨殺された彼の死者に、再び束の間の眠りが齎された。