託された思い
「魔須美、前方から2体のファイアーウルフ、右斜め上からゴブリン5体だ」
「オッケー!!ブリザードストーム」
魔須美は結構な高レベルプレイヤーだったらしく、ランクが低いモンスターの軍団を蹴散らしていく。
モンスターレベルはS、A、B、C、Dのランクが存在するのだが、Cレベルのファイアーウルフ、Dレベルのゴブリンに一切怯まずに倒していく。この調子なら大丈夫だ。あと、2分もしないで遊太の家に着く。もう目に見える範囲まで来ているのだ。
「ふぅ。一通りここらへんのモンスターは倒しきったかな」
「そうだな。しかし、妙だな。ここまで来る間に人間の死体を一切見てない。血痕も綺麗さっぱり見当たらない」
「そんなん見なくていいじゃん。もしかして戦斗見たいの?」
「いや、そういう意味じゃないが……。俺の考えすぎか」
「急に怖くなること言わないでよね」
「すまん……。というか、この家が俺の友達……遊太の家だ」
「へぇ~、でっかい家なんだね。お金持ちかいいな~」
「そんなのんきなこといってる場合じゃないだろ……。やっぱり、インターホンに出ないな。小屋のほうに居るのかな」
「小屋なんてあるんだ。すごいね~」
「そうだな。土地代が高いここに小屋や庭まで作ってるんだからな……っとここが小屋だ」
庭の裏に回り小屋を見るとなにやら扉が少し開いている。それよりも気になったのが……
「戦斗……血痕が」
魔須美の言うとおり、小屋にまで血痕が続いているのである。
「魔須美……、ここからは慎重に行くぞ」
「わかった」
俺を先頭にゆっくりと小屋に近づいていく。聴覚が発達したモンスターがいたら勘付かれてしまう。
小屋の一歩手前で一回立ち止まり、聞き耳をたてる。物音一つせず静かだ。
「魔須美、行くぞ」
「うん、任せて!」
俺は一気に引き戸の扉を開放させる。
しかし、小屋の中は電気はついておらず、PCの明かりとテレビの電気がつけられているだけだった。
「えっ、戦斗見てあれ!!」
魔須美の指差すほうを見ると、なにやら倒れこんでいる人がいる。
「えっ、あれはオセロのシロ……」
左側を血の海に染め上げているシロの服装をした遊太と泥などで汚れている中学生くらいの女の子が横たわっていた。
「……ッ!?遊太!?大丈夫かっ!!!!」
俺は、遊太に駆け寄る。
「カミ……セン……か?」
今にも千切れそうな糸みたいにか細い声がきこえてくる。
「わりぃ……。オセロは黒がいないと遊べねぇみてぇだ……」
「しゃべるな。遊太、俺が今傷の応急処置を……」
俺が遊太の体を持ち上げるとそこにはあるはずの左手が存在しなかった。
「遊太お前……」
「ちょっと俺と話しようぜ……」
「しゃべんな!!傷が……」
「いいだろ……。俺との最後の会話だと思って我慢してくれ」
「ちがう……俺はお前のこと一度も嫌だなんて……」
「そうか、それはうれしいことをきいたな。泣きそうな顔すんなよ。そうだな……なにから話そう。せっかくだし嫌な話から話すっか」
「ッ……」
遊太は俺が泣いて声にならない嗚咽を出している俺に向かって語りだす。
「ごめんな、セントの件。けど、俺は俺が作ったカミセンのサブ垢じゃなくて本当のカミセンのアカウントと馬鹿騒ぎして荒らしたかったんだよ」
「だから、お前が持っているUSBにはクロとしてのデータとお前が5歳までに積み上げてきた両方のデータを合体させたセントが存在する」
「セントを捨てた理由は知らない。だけど、なんだか訳ありなのは知ってた……。けど、俺とのWMSがそれを上書きできたかなと思ってた。けど、まだ早かったみたいだ……」
「そんなことは……」
「俺、WMS好きだけどさ、それで社会的地位決めたりする道具に使われてんのは製作者の身内としてやだったんだよね。けど、カミセン、お前は違ったよな。誰よりもWMSを理解してた。時には俺よりも。製作者としてやってほしいことをすべてやってくれていた。それは5歳の時のプレイスタイルからわかった。だから、カミセンは優勝できたんだよ。お前はそれを誇っていい」
「カミセンになら、WMSを託せると思ってた。だから、カミセンが持っているセントのアカウントにWMSの全てを入れてある。その時、ついでにシロのチート能力は俺の妹にあげちまったからな。しくじったぜ……。見たかったなぁ俺の妹とカミセンが最強のタッグ組んでいるところ」
「なに言ってんだ。いつでも見せてやるから」
「なぁ俺の相棒のクロ……。いや、セント……、もう一度お前の手でこの世界を救ってくれないか」
「いや、こう言った方がいいか?……荒らしてくれないか?」
「あ……たりま……えだろ」
俺の言葉をきくとニコリと微笑んだ。
「この世界と妹を頼んだぞ……セント……」
そう言うと静かに遊太は目を閉じた。
「遊太、おい。嘘だろ。目覚ませよ。おい、遊太……おい、おいっ!!!」
揺すっても何をしても遊太は目を覚まさない。
すると、遊太の体が光の粒子となって消えだしていいく。やがて、四方八方に散らばり消滅してしまう。WMSでゲームオーバーになったみたいに……
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は遊太を抱えたまま天井を見上げ慟哭した。
叫び終わった後、俺はパソコンへと向かう。
パソコンを起動させ、USBを挿し込む。
セントにログインしようとするが、ダウンロードデータがあるらしく時間がかかるらしい。
「戦斗。妹さんが目覚ましたみたいよ」
「なにっ」
ダウンロード完了までに時間の余裕があるので俺は遊太の妹に駆け寄る。
「大丈夫か……」
「う、うん。私は大丈夫。それよりお兄ちゃんは……」
「ゆ、遊太は……」
ザザッザザッ!
「あ、あいつが来る」
何かの音に怯えたように見える。
「あいつ?」
「わたしとお兄ちゃんを苦しめた……」
「戦斗!!こいつA級モンスターのビッグスライムだよ」
「何っ!!」
”ビッグスライム”。普通の雑魚スライムが1000体合体するとなる希少なモンスターである。しかし、この世界ではスライムすら狩れてない現状があるのかA級モンスターが実際問題として目の前に現れている。こいつには物理攻撃が一切効かず、変幻自在な体で物を溶かしてしまう。
「戦斗。ここはあたしが時間を稼ぐから戦斗は早くログインの準備を!!」
「わかった」
俺はパソコンの前に戻る。しかし、ダウンロードはまだ78%までしか到達していない。このままだと最低でも5分はかかる。
「ブリザードランス!!!!」
魔須美は魔法で氷の槍をビッグスライム目掛けて飛ばす。しかし、
「えっ、嘘……」
ビッグスライムは魔法を全て吸収してしまう。
そして、ブリザードランスと同じような技を俺たちに向けて撃ってくる。
「きゃああああああああ」
「くっそ、あいつ魔法をコピーしやがった」
「魔法をコピーされるんじゃあたし、太刀打ちできないよ」
「なんか他に使えるのはないのか?」
「氷の魔法に特化してるから他の属性の魔法は使えても攻撃力にならないわよ」
WMSは自分の属性をジョブと一緒に選べるのだが、属性もジョブも一つしか選べないことになっている。
「くそっ!!時間稼げるならなんでもいい。あと、数分耐えてくれ」
「けど、あたし……もう相手に効く魔法が……」
「直接効かなくてもいい。そうだな……っ!?ブリザードウォールで何層もの厚い氷の壁を作れ。それで少しは稼げる」
「わかった。ブリザードウォール!ブリザードウォール!ブリザードウォール!……」
幾重にも魔法を重ねて撃っていく。氷山の一角のように厚くなった氷の壁は俺たちとビッグスライムを隔てる。
しかし、ビッグスライムは自分の体で氷を溶かそうとしている。
「ヒィッ。戦斗、壁から解けてきた水が流れてきてるんだけど……」
「溶け出しているところをまた凍らせて修復してくれ。頼むっ!!あと1分でいいから持ちこたえてくれ」
「わ、わかった。フリーズ!!」
今は97%まで来ている。
早く……早く完了してくれ。
「だ、だめ。もうスライムの一部が進入してきてる」
溶けた氷の水によってずぶ濡れになった魔須美が必死に壁を押さえながら止めている。
「くっそ!あと、1%」
「も、もうだめ」
バッシャーン!!!
「きゃあああっ!」
氷が砕け、溶けた水が魔須美に全て降りかかる。
ザザッザザッ
「やっ!離して」
ビッグスライムの触手が魔須美の足に絡みつく。
「あっ、た、助けて……戦斗」
ビッグスライムはもう魔須美の腰の辺りまで手を伸ばしている。
「魔須美から離れろ!グハッ」
近くにあった鉄パイプでビッグスライムに殴りかかるも弾き飛ばされる。
「も、もうだめ」
魔須美の全身を覆ってしまう。
「く、くそっ!」
俺も飲み込もうとビッグスライムは俺を包み込む。
ピコーンッ!セントさんがログインしました……
その瞬間俺の周りが光りだす。そしてその光に俺は包まれる。
「キャッ」
その光のお陰か俺と魔須美から離れ、ビッグスライムは扉の近くまで吹っ飛ばされる。
「いたたたた。えっ、戦斗その服って……。もしかしてオセロのクロの……」
魔須美が俺の服を見て驚いたような顔をする。
俺の左側の鞘には五歳の時使っていた当時とは大きさの違う光の剣が、右の鞘にはクロの時使っていた闇の剣が帯刀されている。服装はクロのマスクとコートに五歳の時に羽織っていた光の勇者を示しているシロのマント、靴も勇者仕様だった。
ザザザッ!ザザザッ!
ビッグスライムはまだ俺らを捕食しようと近寄ってくる。
「遊太、そこで見てろよ。俺がこいつを荒らすぜ!!!!」