魔女っ子との邂逅
「ハッ……ハッ……」
俺は、遊太の家向かって、走りにくくなった道路を走っていた。いつもの道はモンスターによって荒らされたのか塀が崩れていたり、WMSに存在する植物によく似たツタカズラが建物を覆っていたりしている。電信柱も折れ、車も炎上して煙をあげたまま放置されている。あちらこちらから、「助けてくれ」と悲痛な叫び声もあがっている。
倒れこんでいる人、恐怖で腰が抜けている人、肩を庇いながら歩いている人……
まるで、人間や人工物が自然の驚異に負けてしまって、無秩序の荒廃した世紀末のような世界が広がっている。
そして、現在進行形でWMSはこの世界を上書きしようとしているのが目で見てわかった。
なぜなら、植物や建物の上にWMSの植物や風景が張り付いている。
「クソッ!!どうなってんだこの世界は……」
誰に話すわけでもなく、捨て台詞を吐いた。そうでもしないと自分のよくわからないぐちゃぐちゃに入り混じった感情が爆発しそうだったから。
「んっ……」
目を凝らすと、前方からでっかい犬の形をした物がゆっくりと近づいてくるのが見える。
「あっ、あれは……」
赤い狼の形をしたモンスター。名前は”ファイアーウルフ”。基本的な攻撃は素早い動きで近づいて噛み付くか、口から炎を出してくるのにパターンだけだ。
ゲームの中だったら、狩るのもそんなにレベルのいらないモンスターだが、丸腰の自分の前に本物が目の前に居るとそうも言ってられない。武器も魔法も今の状況はバッドコンディションでしかない。
そうこうしているうちに、ファイアーウルフは自分との距離を詰めてくる。
「お、おわった……」
奴の視線の先に映っているのは自分。命の危機にどうしようもない無力感と虚無感に襲われる。
ガルルルルルゥ……
まるで獲物を見つけた猛獣のように涎を垂らしながら一歩、また一歩とプレッシャーをかけながら近づいてくる。
自分とファイアーウルフとの距離が電信柱三つ分まで近づいてきた時、奴は助走をはじめた。これは、WMSでファイアーウルフが噛み付く前にするモーションである。
ここで終わるのか……
ガゥッ!!!!
ファイアーウルフは地面を蹴りつけ俺目掛けて飛び掛ってくる。俺は、悟ったかのように静かに目を瞑る。
「ブリザードランス!!!」
後ろから若い女性の声がきこえたと同時に俺の左頬を冷たい何かがかすっていった。
キャイン……キャイン…
俺が目を開けるとそこには、氷の槍が刺さって消滅しかけているファイアーウルフがいた。
「ふぅ、間一髪だったね。君、けがとかしてない?大丈夫?」
後ろを見ると金髪で軽くウェーブにかかった長い髪の女性が立っていた。年は同じくらいだろう。服装はWMSのコスプレだろうか。WMSのジョブにある魔法使いのような黒のとんがり帽子を被って、黒いブーツを履き、黒いマントを羽織り、中はフリフリのトップスとスカートを身にまとっている。
「ちょっと、助けてもらったのに何不審者をみるような目で見てんの?」
あまりにジロジロ服装を見ていたからだろう。女の子に注意されてしまう。
「ご、ごめん。WMSの魔法使いに似ててすごい格好だなって……」
俺がタジタジになって答えると、
「似てるんじゃなくて、魔法使いそのままの服装よ」
あっけらかんと答える。
「どういう意味だ?」
「やっぱり、知らない人が多いみたいね」
「知らない……なんのことだ?」
「モンスターが現れた後にWMSにログインすると、自分の衣装も変わるってことよ。しかもそれだけじゃなくてWMSの魔法や攻撃、あとスキルとかもこの現実世界で使い放題ってわけよ。さっきのブリザードランスみたでしょ?」
にわかに信じがたいが、実際に目の前で起きていることがありえないことだらけなので信じるしかない。
「まだ、信じられないことだらけで頭がパニックってるけど……。けれど、君が俺を助けてくれたのはわかった。ありがとう」
「いえいえ。あたしはあしたば高校一年の氷山魔須美よ。よろしくね」
「よろしくな。氷山さん。俺も、高校一年の神谷戦斗だ」
「魔須美でいいよ。WMSの名前もMasumi星三つにしてるからさ。ていうか、戦斗のその制服、鏡が丘高校のでしょ。そこの学校偏差値高いよね。戦斗頭いいんだね。あたしバカだからさ」
「今の社会じゃいくら頭がよくても意味ないさ」
「そんなことないと思うけどなぁ……。ところで、ログインしないの?モンスター退治できて爽快だよ」
「あ~……、ちょっと垢ロックされて今使えないんだ」
「うわぁ……タイミング最悪だね。じゃあ、あたしが目的地まで送ってくよ。さっきまで一人だと心細かったんだよね。友達ともはぐれちゃったし。だからおんなじくらいの年の子がいてうれしいなって」
「魔法も何も使えない俺がいたら足手まといになるけどいいのか?」
「そんなこと気にしないよ。あたしが一緒にいたいって思うから一緒に居るだけだよ」
「そうか……。友達の家に今から行きたいんだ。着いてきてくれ」
「任せて!!」
(待ってろよ、遊太)
俺と魔須美は遊太の家を目指して歩き出した。