キューピットの矢
「おい、お前ら大丈夫かッッ!?」
俺は、矢を受けた三人のもとに駆け寄る。しかし、矢は時間が経つにつれ透明になり、やがて消える。傷跡などの目立った怪我は見うけられない。
「はぁはぁ……、せ、せんとぉ……」
激しい息づかいで苦しそうに呼吸をする魔須美が俺の袖をぎゅっと掴んでくる。
「大丈夫か!どっか苦しいとこでもあんのか?」
「せ、せんとぉ……。つ~かまえたっ!!」
「はぁ?」
俺は、魔須美に力強く抱きつかれる。形よく成長した胸が押し付けられ柔らかい感触が伝わる。髪からは、リンスーの良い香りが鼻を刺激する。このままだと、おれ自身も冷静さをかけてしまいそうなので離そうとするもすっぽんのように離してくれない。
そして、なにやら俺の胸に顔を埋めて擦り付けているのだが……、
「戦斗!!戦斗の臭いがする。クンクンクンクン!!!」
「いや、あの……、え??」
「戦斗、嫌だった?」
「いや、嫌じゃないっていうか、困惑しているというか」
「じゃ、戦斗……、ちゅっ!ちゅーしよ」
吸い込まれそうな光を放つ淡い瞳でこちらを見つめている。リンスーのフローラルな香りや制汗剤の香りが混じりあう女の子の匂いが近づいてくる。魔須美の顔が近づいて、
「だめだよ!!僕が、先だ!!!」
「ウオッ!」「キャッ!」
結城よってに強引に引き離される。魔須美と俺はそれぞれ尻餅をついてしまう。
「なによ!!あたしと戦斗良いとこだったじゃない!!」
「元クラスメイトでもないぽっと出の泥棒猫さんには言われたくないね」
「なによ!!!」
結城は魔須美に興味がなくなったのか無視し、こちらを見つめてくる。顔は整っており、長いまつ毛やきれいな輪郭の顔が俺の目の前にある。なぜか目がとろんとしているのが疑問だが。
「戦斗君!男女の不純異性行為はだめだ。やっぱりここは男同士で気持ちよくなってみないか♂」
「お前が一番真っ先に選択肢から除外される存在だよ。帰れ!!!」
俺は、手で結城を押し退けようとするも吸盤を使ってくっついてくるタコのように引っ付いてくる。
「てか、なんで男の俺なんだよ。お前はなぎさのこと好きだっただろ!!俺じゃなくてなぎさの方にでもいって――」
俺は、なぎさの方を見る。絶句して、口をあんぐりと大きく開けてしまう。なんと、そこには下着だけになったなぎさの姿があった。なぜか、ブラのホックに手を伸ばしていて……、
「な、な、なぎさ!!!これ以上はやめろ」
「あっ、戦斗君に見られてる。きゃっ////」
赤面しながら顔を隠す。隠すべきものはそっちじゃないんですが……。
「なぎさ、お前キャラ変わりすぎてないか?」
「そ、そうかな。けど、私を変えてくれたのは戦斗君だよ」
「は、はい?」
「戦斗君になら裸を見られても恥ずかしいって気持ちより嬉しいって気持ちが大きくなっちゃうから」
「そ、そうかぁ。けど、俺が困るから服着ような」
「はぁっ、はぁっ。戦斗君が、私の裸を見て困ってる……んっ、あぅっ、はぁはぁ」
見ないことにしよう。俺は虚空を見つめ現実から逃避しようとこころみる。
「雑魚勇者の癖に戦斗にいっぱいじゃれあっててずるいあたしもじゃれあう!!!」
右手に魔須美が抱きついてくる。
「ぼ、僕だって!!」
何に張り合っているんだ、結城。
「戦斗君が、見てくれなくなっちゃった。なら私から飛び込んじゃえ!!えいっ!!」
下着姿のなぎさが真正面から抱きついてくる。
「ふっふっふ~ん、あいりのキューピットの矢を受けた三人はこのかわいいかわいいあいりちゃんに虜になってしまい、もうメロメロ状態で、流石のセントくんも嫉妬して悔しがってる…………ってなによ!!なんで、そうなってるわけっ!!!」
俺が美少女二人とイケメン一人に抱きつかれて、いる状況を、目の当たりにして憤慨している。
「お前、今てに持ってるそれ、キューピットの矢か」
キューピットの矢とは、矢を受けた人の半径30km以内で一番、魅力度が高いプレイヤーを好きになってしまう武器の一つである。
あいりは、自分の魅力度の高さとキューピットの矢を使う戦術をしていたのだろう。三人をあいりの味方にするつもりだったのかもしれない。
しかし、クロのアカウントで、数値をいじくっているから魅力度があいりを越してしまっていたのだろう。その結果こんな状況を生み出してしまったのだ。
「そうよ、これは、キューピットの矢よ。あたしの一番大切な武器なんだから。あっ、なに?セントくんもこれを受けてあたしにメロメロになっちゃいたいの?」
「会話を飛躍させるな」
「そっかそっか。もう正直じゃないんだから~」
話をきいてないし。
「それじゃぁ、もう一本いくよ~」
キューピットの矢の弓をひいている。動こうにも俺は、動けずにいた。
右手に左手、前方を仲間に塞がれてしまっている俺は身動きが取れない状況だったからだ。ワープなどで避ければ仲間に当たってしまい、これよりもっと惨劇になるのが目に見える。
「やべぇ、どうすっか」
俺は、俺に向けられているハートの矢じりをじっと見つめた。





