次の季節へ
俺が校長との決着がついたあと、ギャル二人組は自分の家族の元へと帰っていった。魔須美は、さっきからずっと同じ場所に立っていて動こうとしない。じっと降っては消えゆく氷の小さな粒を眺めているようだった。
空気を読んだなぎさと結城は運動場をあとにする。
「魔須美……」
俺の声に反応して魔須美は涙目のまま振りかえる。無理もない。目の前で肉親が消えたのだ。計り知れないほどの精神的ダメージを受けているだろう。そして、大きな悲しみを抱えているのではないか。俺は、心配していた。
「戦斗……、あたしは、大丈夫だよ」
声は震えている。なにも大丈夫じゃないんじゃないか。
「戦斗が悲しそうな顔しないでよ。あたし、ちょっぴり、嬉しいんだよ。戦斗と一緒に両親を探してた時、ほんとはもう死んでいて一生会えないんだなって思ってた」
魔須美の家を一緒に訪れたり、歩いたりしていた時の話だろう。
「けれどね、最後にお母さん、お父さんと少しだけでもお話しできたし、二人の最後に立ち会えたし、今は遊香ちゃん瑠璃ちゃん、そして、戦斗っ仲間がいるから一人じゃないもん」
嘘ではないのだろう。しかし、悲しみという負の感情の方が大きかったみたいだ。やがて、堪えきれなくなった感情が魔須美の体を震わせる。
「けど、やっぱり……」
ぴんと張りつめた緊張が切れる。魔須美からは、悲しみの感情や涙ばかりが溢れていた。
「一緒に生きててほしかったよ」
彼女の胸の叫びが吐露される。
「戦斗は、ずっと一緒にいてくれる?」
叶わない夢を確認するかのように問いかけてくる。
「もちろんだ。俺は、魔須美に命を救われた。これまでもこれからもずっと一緒に戦ってくれる仲間だ」
「……ほん、とに?」
「あぁ」
「じゃあ、戦斗……」
「なんだ?」
「寒いからあたしをあたためてくれない?」
この氷が心まで冷やしてしまったのだろうか。そうでもあるし、そうじゃないかもしれない。髪も服も溶けた氷によって水分を含んで鉛のように重くなっているのがわかる。身体も冷えきってしまっているだろう。
俺は、両肩に手を乗せ、前の時よりも力強く抱き寄せる。魔須美は、証が欲しいんだろう。
「魔須美……」
「うん……」
身体の温もりが伝わる。鼓動も伝わってくる。しかし、不安や恐怖からではなく、温かいものからもたらされるものだとわかっていた。
「もう大丈夫だ。今度は離さないから」
俺は耳元で囁く。それが、魔須美にとってくすぐったくて嬉しいということも感じられた。
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「いいねぇ、盛んだねぇ」
運動場の観客席で頬杖をつきながらぽつんと座る一人の人物がいた。周りには誰もおらず戦斗たちとも距離があり、その人物の存在に気がついているものはいない。
「はぁ、けど、政府に反旗を翻ひるがえす戦斗を見たかったなぁ」
かつて、想太と呼ばれていた男は残念そうにしながら呟く。
「なぁ~んてね。校長先生が何に使おうとしてたか、"理解"できてないけどいいもん拾っちゃったんだよね」
子供が新しいおもちゃを見つけたかのように彼のポケットからCD-ROMの形をしたものを楽しそうに取り出す。
「牧野先生が、録ってくれた戦斗のボイス。ありがたく使わせてもらうね」
恍惚とした表情でCD-ROMと戦斗を見比べる。
「楽しみにしててね、セ~ント!僕を楽しませてね、アハッ」
想太の姿を借りた佐藤理解はそう言った後、観客席をあとにした。





