十年前
「第5回、VRMMORPG”World of Magic Sword”世界大会優勝者は……神谷戦斗君です!!!!」
ワーーー!!!
会場一帯のボルテージが上がり、歓声が沸き上がる。
当時、五歳児だった俺は興奮冷めやらぬままの観客たちからの拍手喝采の中、表彰台へと向かっていた。この後、お母さんになんて褒められるのだろうかと想像を膨らませながら、胸を躍らせていた。これまで、お母さんのスパルタと言い切れるほどのきつい練習を耐え切って、年齢制限のない世界大会を優勝したのだ。
自分が成し遂げた偉業を考えると、ゲームしかやらせてもらえなかった生活も変わり、思う存分甘やかしてくれると思いこんでいた。
この世界は、ゲームの腕前や成績でカーストが決まってしまうほどにゲームが世間に浸透し、当たり前となった世界。
その中でも、VRMMORPGの”World of Magic Sword”略してWMSはとてつもない人気を集めていた。というよりも他のゲームの追随を許さないほどにこのゲームだけがぶっちぎりで、人々の生活に溶け込んでいた。
お母さんが、五歳児だった俺にスパルタで教え込んでいたのも、今なら、わかる。きっと、俺を社会で生きていけるほどの立派な人間に育てかったんだろう。
「お母さん、これ見て!!僕一位取ったんだよ」
表彰式も終わり、俺は真っ先にお母さんの下に駆け寄った。にこにこと満面の笑みを浮かべていた。お母さんは俺を一瞥した後、手に持っていた賞状と金券を勢いよく奪い取り、金券の値段を確認する。
「300万か。少ないわね」
「えっ……」
俺は耳を疑っていた。最初に出た言葉がおれ自身にではなく、お金だったことに……。
「おかあさん……、あの、僕……」
「5歳だと、金額も十分の一にされるのね。十五歳になるまで、一歳増えるごとに30万ずつ、つまり全体の一割分上がるらしいから来年もこの調子でいくわよ」
当時の俺は言えなかった。素直に褒めてほしかったなんて……
お母さんにとっては、この大会で優勝することはらだの通過点だったのかもしれない。次の目標を見据えていた。しかし、五歳児の俺にはそれは理解できないことだった。
俺の大好きだったお母さんはここにはいないのだと察した。
意気消沈していた俺は、一人になりたい気分だったので大会出場者の控え室前の廊下を一人でぶらぶらと歩いていた。
すると、置かれているベンチに座りながら泣きじゃくっている女の子がいた。自分と同じ国籍である日本人だった。
「どうしたの?」
声をかけると、泣いていた少女は顔をあげる。その女の子は俺が決勝で戦った子だった。
「あんたのせいよっ!!」
「えっ……」
泣き顔から怒った表情へと変わりそう告げられる。怒りのベクトルをいきなり向けられてしまったので、俺は理解できずに戸惑っていた。
「僕がなにかしたの?」
「あんたが……あんたが、優勝するから、お母さんの病気を治せないじゃない!!」
俺はその時、床に落ちている50万円と書かれた金券を見つけた。
彼女の手に目をやる。ゲーマー独特の手にある胼胝は、母親のために頑張っていたんだと俺に事実を突きつけていた。
褒められたいという俺の軽く薄っぺらい感情と違って、彼女の優勝を狙う気持ちは重く深かった。
「ご、ごめんなさい」
俺の言葉に少女は心のダムに堪えていた感情や涙が溢れだす。
「う、うわあああああああああああん!!!!!」
意味もわからなく謝り立ち尽くす俺と、謝れて感情の行き場をなくした彼女の泣き声だけがその世界に存在しているような気がした。
その時、好きだったゲームは、嫌いな物になってしまった。
その日だけで俺は好きだったものを二つ失ってしまったのだった。