勇者の災難
「ああ、残念です。やはり私はこれしか能がないようですね。一度死んで、少しはましになったかと思ったのですが」
絶望を前にして、召喚勇者ことナギ・ガーロンは己の不運さを呪っていた。
つい数ヶ月前まで、彼は至って普通の人生を送っていたのだ。それなのに何故か、家事をしている最中に妹と共に召喚されてしまった。
これを悲運と言わずして何と言う。
ジャージ姿で食器を洗っていたナギ。
かたや顎で兄をこき使っていた妹。
その状態で召喚され、初っ端から数人の恐妻家に同情されるも、「私はお兄ちゃんの可愛い妹でか弱い女の子なの。だから勇者は勿論お兄ちゃんがやってくれるんだよね?」と死刑宣告を受けて、ここまで死ぬ気でやって来たのだ。
イーラという神から力を授けられる間際、妨害しに来たらしい女神が何やら忠告らしきものをしていたが、彼としては一刻も早く力を得て生き残らねばならぬと思うがあまり聞き逃していた。
その忠告が重要なものだったのだと、今更彼は理解した。
『魔王城に行っちゃ駄目よ。今はちょっと頭のおかしい子がいるのだから、貴方じゃこてんぱんにされちゃうわ』
確かそんなことを言っていたような。
「あああ、あああああ!」
恐怖のあまり、叫び声が出た。
目の前にいる魔王城の門番は、装備していたナイフを口にくわえながら、魔術で何やら物騒な道具を作り出している。
切れ味の悪そうな鋏や、錆びた釘など。
痛め付ける用途でしか使われないようなそれを使って一体何をしようと言うのか。
「ナギに何をしようと言うの!?そのような野蛮な真似はお止めなさい!」
「野蛮?お前達が何を知らされてここに来たか、全てを知るために拷問するだけですよ。殺人のような野蛮なことなどするつもりもありません」
壊滅的なまでに話が噛み合っていなかった。
彼にとっては、殺しさえなければ暴力は存在するべきものなのだろう。だからこそ噛み合わない。
「分かんないかな?人を痛め付けてる時点でその行為は野蛮なんだよ」
腰を抜かしたナギを庇って立ち上がったのは、二人の少女。魔術師ナーシャと剣士ミラだ。
何故庇ってくれるのだろう、と疑問に思う。
今目の敵にされているのはナギだ。歯向かえばターゲットが彼女達に移るかもしれなかった。
二人共、ナギ程ではないが満身創痍だ。どうやっても彼に勝てるはずがないのに。
「良いお仲間をお持ちのようで何よりです。ですがそれもいつまで続くのでしょうね?」
庇ってくれる理由を尋ねる前に、彼がにたりと笑みを浮かべながらそう囁いた。
ああ、もう駄目だ。
「何なら賭けてみますか?」
「良いね。賭けてみようじゃないか」
「えっ…ロ、ロイデンハ…」
「何をする気なのか教えてくれるかな、先代?」
………え?
「ぎゃあああぁぁぁぁ!待っ、違うから、今のは違うから関節極めるの止めてくれます!?お前の関節技死ぬより痛いんですけど!」
先程まで自分達を苦しめていた青年。その背後に突如として現れた男が、気付けば額に青筋を浮かべながら青年の関節を極めていた。
「おじさんね、君の息の根を止めに来たんだ。
勇者と戦闘したらややこしくなるってことくらい分かるよね?それなのに闘うってことは、おじさんを『英雄』にして殺す気ってことだよね?
上等だオラァ!ならば殺られる前に殺るのみ!」
「違いますって!こういう輩は一度心を折らないと聞かないでしょう!?過剰防衛も時には…あだだだだだだ、痛い痛い痛い痛い!」
「ソーダネー。言い分は分かるんだけど、生憎私は君に意見を聞かずに暴走しろとは言ってないんだよね。だからとりあえず、罰として勇者達が負ったであろう苦しみを味わえ?」
断末魔の叫び声と共に、勇者の災難はひとまず終息した。
いや、やっぱり終息していなかった。
「魔王様、見てはなりません!惨殺体です!」
「大丈夫ですよ!?その人生きてますから!
…ねえ、叔父様。そこの死にかけてる人、ラディウスさんですよね?」
「そうだよ、リズ。こいつが問答無用で勇者に殴りかかった脳筋の残骸だよ」
見る影もなくボロボロになった門番(?)を引き連れながら、男は、この城の主らしき少女と引き合わせたのである。
メイド達に魔王様と呼ばれる少女に。
……勇者の災難、実はこれから始まるのかもしれない。
英雄に不意討ちされる魔王。普通逆だろ。
リズは良い子なのであまり問題を起こさず、そのために他の濃い奴等に登場する機会を潰されています。
今のところ主要人物の中では唯一の女の子なのでこれからは頑張って出したい。
余談。
勇者の本名は柳修一。妹から念のため名前は隠しとけと言われたので柳と名乗った結果、聞き間違えられて『ナギ』となりました。
ガーロンは王女様がくれた苗字です。