悩みの種
英雄の危機的状況など知る由もないシュヴァイン王国の王宮本館では、ある事件が起こっていた。
密かに監視していた男が失踪したのだ。勿論その監視対象は一般庶民ではない。他国の手に渡ればこの国が滅んでもおかしくないほどの超重要人物であった。
侯爵以下にはその存在すら伝えられないほどの一種の国家機密と化した者が忽然と姿を消したと言うことで、事情を知る公爵や治安隊が集まった王宮内の空気は最悪だった。
「どういう事だ!毎日見回りしていたのだろう!?あの男が姿を眩ませたのは一月以上前だと言うじゃないか。何故気付かなかったのだ!」
「いたんですよ、確かに!」
「足取りが掴めないなど、それでも治安隊か!」
「何ですって!?それを言うのならば、貴族なのですから、少しくらい隠蔽工作を…」
「静まれ」
国王の睥睨に、騒ぎを起こしていた人々は、一瞬で静まり返る。
現状において本来最も焦るべきである者がそれを表情に出していないのに、自分達が率先して騒がしくするわけにはいかなかった。
「連絡はとれている」
「それでしたら一刻も早く接触しなければ!陛下、許可を!」
「ならん。彼は我が国の民であること以前に、神に認められた者だ。彼が自らの意思で我が国から離れると言ったのだぞ?それを止めてみろ。怒り狂うか分からんぞ」
そう、その監視対象とは、救世の英雄ことロイデンハルトであった。
それを知るだけに、皆は沈黙を貫くしかない。英雄から反感を買って神々に祟られれば無事でいられないことは一目瞭然だからだ。
彼等が想像している神と実際とでは大きな隔たりがあると、英雄と長年やり取りをしてきた国王以外は知るはずもない。
神はお気に入りに対しても基本的に無関心で、たまに気紛れで救いの手を差し伸べるくらいだ。寧ろ『あっはっはー!ラハトに告げ口した報いだよざまぁ!』とか言われるであろうことは、英雄の名誉に関わるので黙ってあげている。
「自由にさせてやれ。彼は…」
気を取り直して言葉を紡ごうとした矢先に、外廊からハイヒールの音が響き渡った。一定の間隔を保ちながら段々こちらへと近付くその音には、僅かながら焦燥も含まれているように感じる。
「失礼致します。魔王城にて複数の強力な魔力反応が検知されました。内一つは監視対象のものと思われます。恐らく交戦中でしょう。如何致しましょうか、陛下」
眼鏡を直しながら、彼女はそう告げた。
高級品である眼鏡は王が送ったものだ。これは一種のステータスであり、身に付けていればその装備主の発言に対する信用度は保障される。
それ故の行動だろうが、王にとって彼女の登場は間が悪かった。もし彼女でなければ『思い違いだ』と切り捨てられたからだ。だが今回ばかりはそう言う訳にも行かない。
と言うか、
「………駄目だなあいつ。やっぱりある程度は繋いどいた方が良いかもしれん」
「へ、陛下?」
「何でもない。彼がいるなら問題はないだろう。だが、万一ということもあり得る。有事に備えて軍部を強化しよう」
『人間』として生きていくのは構わないのだが。
一体何をやってるんだ、英雄よ。
件の魔王城にて。
「殺戮剣受けて何で無事なのかな!?ねえ、これ君の仕業かいリズ!?」
「いえ、そんな筈はありません!私の魔力で現界していれば私の命令ですぐに消滅しますから…」
ロイは嘗てないほど荒ぶっていた。
先代は下手すると初代よりも強く、生半可な殺意では傷すらまともにつけられない。
ロイは実質世界最強だが、そんな彼ですら当時はかなり手こずったのだ。だから『とりあえず半殺しにして大人しくさせよう』と考えていたのだが、
「蘇ったらより強くなりまして。これで何度でもお前に全力で挑んで貰えますね!」
「嫌がらせにも度が過ぎる!」
進化してどうする。
「あー、おじさん泣きそうだわー。絶対王様から謹慎食らうわー。何で死人にこんな苦しめられなきゃいけないわけ?」
「お前が望んで私を殺したからですよ。この因縁も運命も、一生切れることはありません。ああ、最高の気分です。ふふ、ふふふ、ふふ…」
「絶殺!」
ロイは思った。
こいつを殺したの、間違いだったかもしれない。
先代のキャラが濃すぎてリズが全然出て来れなくなってしまいました。残念。
これからはリズも出せるよう頑張ります。