魂が望むこと
前半、突然のシリアス。
巻き上がる炎。悲痛な叫び声。
どこかから現れた獣の群れが人間を噛み砕き、その咀嚼音が辺りに響く。無数の命乞いが、殺さないでという声が聞こえる。聞くに堪えないそれらは決して耳から離れず、斬っても斬っても全てを切り刻むことは出来ない。
だからこそ、そんな中をロイは丸腰で歩いていた。
「………………お前にこんな夢を見せたくなかった。見せるつもりなんてなかった。
なのにどうしてお前はそれを求めるんですか。贖罪でもしたいんですか。何でお前ばかりが苦しまなくてはならないんですか」
歩いて、歩いて、ただひたすらに歩いて。
ロイは気付けば獣も死者もいなくなった荒野に辿り着いていた。そこで膝を抱えて蹲っていた青年が、こちらに向けてそんな事を呟く。聞いている方が苦しくなるほど痛々しい声だ。
何故だろうか。何故彼はそんなに他人のことで苦しむのだろうか。彼…ラディウスという青年は、現実とは異なり、夢の中では何だかんだ言いつつ割と性格が良いらしい。
「そう求められているからだよ」
ロイがその場しのぎでそう口にすると、ラディウスはバッと顔を上げて胸ぐらを掴みあげた。
「そうですね。そうでしょうね。お前は何度望まぬ偉業を成し遂げるつもりですか。何度お前自身の心を踏みにじれば気が済むんですか。
どうして人のせいにしないんですか。魔王にならなくったって邪悪にしかならない私を、どうしてお前は最後まで憎まなかったんですか。私はお前に憎まれながら殺されたかった。生まれて来なければ良かったんだと、私の存在を否定しながら殺して欲しかった。お前がその責務から逃れられないならせめて軽くしようと思ったのに、どうして苦しむんですか。世界の誰もが私の死を求めていたのに、どうして痛みを背負うんですか」
その瞳からは、無数の雫が滴り落ちている。
分からない。どうして自分のことをそんなに案じてくれるのか、ロイには全く分からなかった。何故なら彼にとって自意識とは、機構に偶然生じた歪みのようなものだからだ。英雄としての行動を阻害するもので、尊重したいがきっと粉々に砕かなければならないもの。
そういう風にしか捉えられないのだ。
「先代、私は、」
「現実世界の私とお前から、夢を媒介に記憶を覗かせて頂きました。お前は『英雄』という概念を引き剥がしたら消えてしまうのですね。
なら分かりますね?お前が自分を罰し続けようと言うのなら私がお前を殺します。私の愛する人が殺される前に、どんな手を使ってでも」
頬を伝う涙を拭い、ラディウスは鋭い目付きで睨み付けた。彼は本当にロイの為を思ってそうしてくれているのだろう。だが、ロイには一つだけ気にかかることがあった。
「君が愛してるのって、君に苦しめられている私だよね?死ぬのって苦しいよね?…病んでる?」
「真面目な話をしている時にそう来ますか…」
先代、すごい落ち込みようだ。もしかして私、何か悪いことをしてしまったのだろうか。
そう思うロイは平常運転だった。
夢の中だからだろうか。幾ら元魔王とは言え、夢魔より夢の主の方が主導権を握りやすいらしい。そう言えば先日の夢も、ラディウスは致命傷こそ負わないようだったが、それ以外の点ではロイが主導権を握っていたような。
「厳密には違うのですが…まあ、どちらかと言えば病んでるでしょうね。お前が幸せになるためなら世界を滅ぼしても良いと思ってますし。現実世界の私も多分同意見です」
先程までの悲嘆に暮れた美青年はどこへ行ったのやら、ラディウスは残念イケメンとしてロイの前に復活していた。
と言うか、世界を敵に回すとか幾らなんでも、
「愛が重すぎる!」
特別なことをした記憶はないのに、先代と言いリズと言い、やたら私を好き過ぎじゃなかろうか。
「これくらいが丁度良いんですよ。お前がもう少し自分を大切にしてくれれば、ここまで皆が過保護になることはないのですが。魔王に英雄会作られるとかどれだけ異常か知りなさい」
「英雄会?何それ」
「…目覚めて誰かに聞いてみて下さい。分かりますよ」
そう言って呆れた顔をされた。解せぬ。
目覚めて聞いた。自称名誉隊員のリズによると、応援隊が進化してそうなったらしい。活動内容はロイデンハルトの良さを語り合うことだとか。
「歓迎会があるので来て下さいね!召喚した豪勢な料理でおもてなししますから!」
「う、うん」
乗り気なリズからそんな誘いを受け、ロイは思わず頷いた。地獄の入り口に来ていることなど知らないロイは心の中でぼやいた。
もう意味分かんない。
今更ですけどBLチックですね。ですがロイは勿論、ラディウスもロイに恋愛感情はありません。
ラディウスはただ面白がって恋愛っぽくしてるだけ。