英雄の復活
遥か昔、魔王と呼ばれる者がおりました。
世界全ての悪を体現したようなその男は、思いつくがままにあらゆる残虐非道な行為を繰り返しておりました。
しかし、そこに一人の青年が現れ、こう言いました。
「民を苦しめるような真似は止めろ。さもなくば私はお前を誅することとなる」
その青年は、神々から愛されて様々な加護を受けた者でした。
邪悪に嗤っていた魔王は、青年を殺そうと手を伸ばしましたが、とあることに気付き、衝撃のあまり固まってしまいました。
そう、近付くだけで人族魔族問わず廃人と化す魔王の瘴気が、青年の前では何の脅威ともならなかったのです。
「お前は…」
目を見開いて、そして笑みを浮かべたのが魔王の最期でした。
魔王は青年が来たときから微量の瘴気を足元の少女に流し続けていました。それを悟られたのです。
「阿呆め」
青年は、魔王の亡骸に触れて、小さく呟きました。
瘴気を流された少女も、魔王と同様にその命を終えましたが、その顔は心なしか笑っているように見えました。
青年はその偉業を讃えられ、神々から不死を与えられました。
そして人々からは『英雄』と呼ばれるようになりました。
彼は世界が平和になったのを見届けてから、どこかに姿をくらませてしまいました。
しかし悲しむことはありません。彼はきっと現れるでしょう。世界を災厄から救いだす為に。
「……ふう、おじさん、どうしよう」
子供向けの絵本をぱたりと閉じて、フードを被ったその男は溜め息をついた。
彼の名はロイデンハルト・ザ・メルゼン。
そう、絵本の題材となった英雄である。
人間というものは記憶を都合の良いように改竄する習性でもあるのだろうか、とロイデンハルト―通称ロイ―は考え込み、そして一息に酒を煽った。
人々に少なからず影響を与える本という媒体に記されたものは、当事者であるロイが読めば首を傾げるような内容ばかりだった。
まず第一に、ロイは神々の加護を受けた者ではない。
神々は存在しており、実際加護というものもあるのだが、『ロイ!お前のせいでラハトとの賭けで大損食らっちまったよ!マジ最悪!俺は怒ったぞー!お前に不死の呪いかけるからな!』とか言っちゃうろくでもない奴が大半である。
ロイが不死になった理由は別に偉業を讃えられたからではない。と言うか折角なら不老にして欲しかった。最近寝起きが辛い。
第二に、魔王自体は邪悪ではない。
絵本に載っていた初代魔王は確かに性格はねじ曲がっていたが、ロイが瘴気を緩和出来ると気付いた瞬間に浮かべていたのは、紛れもなく希望に満ちた笑みだったのだ。
今までに何体かの魔王と対峙していたが、大半がその環境によって心を折ってしまっただけの者だった。
そして第三に…………
「なあ、じじい!あんた宛に手紙が来てるぞ!」
「ありがとう。でもおじさん、まだそんな歳じゃないんだけ…」
「じゃあな、じじい!」
「……うん、またね」
近所の子供に声をかけられ、ひとまず思考の渦から抜け出した。
こんなことを考えたって何の益にもならないし、手紙を読むことを優先するべきだろう。
封を切り、中から出て来た紋章入りの手紙を開き、ロイは先程よりも更に深い溜め息をついた。
「また魔王が現れたちゃったか…はぁ」
王族からの手紙、別名勅命に書かれていたことはただ一つ。
『新しき魔王現れたり。即刻鎮めよ』