窒素
日常的なお話です。
俺が人を殺したって誰も興味なんてない。
今日だってほら、午前中に大きめの冷蔵庫を買いに行ったが、家族はそれほど驚かなかった。
「部屋に一つくらい欲しいから」
という理由一つで、家族は納得したんだ。
俺の身体は此処に在るが、魂だけで区別すると、透明人間に近いだろうね。
だから俺は、身体が透明人間の、一人ぼっちの彼女を、今日ここで殺した。
彼女を探す人間は居ないだろう。
元から透明人間なんだから。
魂は花畑みたいに煌びやかだったのに、可哀想にね。
俺が殺しても、彼女が殺されても、何も、誰も、興味なんて持たないんだ。
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朝の光が俺の机をほんのりと暖かくする。
誰も温もりなんてくれないから、その時くらいは机に甘えても良いだろ。
遠くではカッカと文字の音がする。
「街森くん、起きなさい。」
いつの間にか先生は俺の肩を揺すっていた。
俺が目を覚ますと、先生は何も言わずに、また教卓へと戻って行った。
辺りを見渡すと、誰一人、俺の方を見てはいなかった。
結局、俺は透明人間なんだよ。
次の授業は、試しにトイレに引き籠ってみた。
授業の半分はトイレでのんびりしてから、教室の後ろの扉から入ってみた。
授業は真摯に進んでいたが、俺が入ると一瞬だけ止まり、先生が言う。
「君、どこに行ってた。」
「トイレに行ってました。」
俺がそれだけ言うと、何も言わずに授業が動き出した。
そういうもんだよ。世の中って。
結局、俺に興味のある奴なんて居ないんだ。
俺が人を殺して、今も部屋の冷蔵庫に保存してるなんて、誰も考えやしない。
家族だって部屋に入らないし、冷蔵庫の中なんて興味も無い。
さて、今日も社会に溶けるか。
読んでくれてありがとうございました。