プレズント~つまらないゲーム~
『で、また来たんだ……?』
笑い声は聞こえない。でもやっぱり彼は笑っている気がする。
『二日連続で俺になんの用事?』
改めて聞かれると、カーッと顔が熱くなった。
あれ、私、何しに来たんだっけ?
二度目の訪問。昨日に続けてなぜか今日も、私は三山くんのお宅に訪れていた。
三山くんのお母さんには歓迎された。勧められるまま紅茶とそれからお洒落なシフォンケーキをいただいた。
って、本当に何やってるの、私……。
非常に不可解な自分の行動に呆れるばかりだ。
「ストーカー被害に遭ったからなの?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて扉の向こうから、
『……ああ、昨日の話?どうして学校に来ないのかとかいう』
と妙に落ち着き払った声が返ってきた。
『ばっさり切るな、お前。へーえ、誰から聞いたの?』
ハッとした。私はそんなことを聞くためにここに来たの?違う……ような気がする。じゃあどうして?
「……質問してるのは私。ちゃんと答えて」
自分でも制御できないぐらい、私の内側は頑なに彼の答えを求めていた。
そしてその後の彼の反応は、予想していたといえばしていた。
クスッ。
ほらやっぱり。
クスクスクス。
「笑ってないで、答えて」
声だけなんてどれだけでも取り繕える。壁の向こうの彼の表情は私には見えないのだから。
「ねえ」
クスクス。
「ねえ!」
………………。
『……あー。おもしれぇ。何、そんなこと聞くために来たわけ?』
笑いが収まらないのか声が少し震えている。
『話、変わるんだけどさ』
結局彼は答えなかった。答えがないのが答えということ?
『寄せ書き、読んだよ』
壁越しでも、彼の声が含みを帯びているのがわかる。
『つまんねーな、すごく』
自分の書いたメッセージがぼんやりと脳裏に浮かぶ。
黒のサインペン。感情のこもってない字。
三山くんと同じ教室で勉強できる日を待っています。
『少しは考え変えたのかよ』
「……え?」
『だから来たんじゃねーの?』
私は誰のことも知らない。クラスメイトのことも。友達のことも。家族のことも。
誰のことも等しく興味がない。
私がクラスメイトの名前をほとんど知らないのもそれが理由で……でも本当はそれは言い訳なのかもしれなかった。
何にも興味がない。
それは裏を返せば、何にも期待する必要がないということ。
私にはたったひとつ恐れていることがある。
期待を裏切られること。
『決めた』
彼は私の考えていることなんて知らないはずだ。でもその憂鬱を吹き飛ばすように笑った。
『ゲーム、しない?』
「……ゲーム?」
『そ、やる?』
私は彼の真意を見極めようと必死で壁の向こうへ耳をそばだてた。
『お前も知りたがってることだよ。俺が人の目を避ける理由、それを当てるゲーム』
クスッ。
『お前、今、面食らってる?少しはしゃべったらどうだよ。つまんねーじゃん』
「……私のこと馬鹿にしてるんでしょ」
私はやっとのことで声を絞り出した。
『違うよ』
彼は否定した。でもそんなの嘘に決まってる。
笑う壁の言葉なんて信用できない。
私はそっと壁に手を当てる。そうしていれば彼の息遣いが伝わってくるとでもいう風に。そうして実際伝わるのは冷たい壁の温度だけ。本当にそれだけ。