プレズント~被害者~
眠い。とてつもなく眠い。
「まふぃー、ねえねえ、昨日三山くんの家に行ってきたんでしょ?どうだった?」
私はぼんやりした頭で、
「え?」
と聞き返す。
「だから昨日、三山くんの家」
「ああ、うん」
「どうだったの?」
クラスメイトの佳恵が興味津々といった様子で詰め寄ってくる。
「寄せ書き、置いてきた」
「三山くん、家にいたの?」
「いたよ」
「会った?」
「部屋に閉じこもってた。ちょっと話した」
「話したの!?」
「うん」
ふわーあ。
欠伸が出た。いけない。もうすっごく眠い。
佳恵はそんな私の様子を気にすることもなく、なぜだかちょっと涙目になって言った。
「三山くん、もう学校来ないのかな」
知らないよ、そんなの。私はそんなこと知らない。
「ねえ、まふぃ」
眠気を覚まそうと思って、手の甲をつねった。ぴりっとした痛み。でもやっぱりまぶたは重い。
「向井さんも休んでるんだよ、ずっと」
「……向井さん?誰?」
「隣のクラスの向井心音。去年同じクラスだったでしょ。覚えてないの?」
言われても、覚えがない。聞いたことのある名前のような気がしないでもないけど、実際は全く知らない気もする。私のクラスメイトに対する認識なんてその程度。
佳恵が顔をしかめ、声をひそめる。
「今さら被害者面するなんてセコいよね。私あの子、嫌い」
「え、あの子って、その向井さんのこと?」
佳恵は普段あまり人の悪口を言うタイプじゃない。その佳恵がここまで嫌悪を表す相手なら、さすがの私も名前ぐらいは聞いたことがあると思うのだけど……さっぱり記憶にない。
それにしても。
「佳恵、顔怖いよ。力抜いたら?」
私の忠告を聞いて、佳恵はますます目を見開いて妙な顔をする。
「だって三山くんかわいそうだもん。そりゃ深刻な顔になるよ。あと、目付きが悪いのはもとからだし」
かわいそう、という言葉を聞いて、ちょっと興味が湧いた。物語の定番といえば、悲劇のヒロイン。三山くんは男の子だからヒーローと呼ぶべきかもしれないけど、とにかく。奇想天外なストーリーは大歓迎だ。
なかなか無責任で自分勝手な私。
「三山くんがどうかしたの?」
クラスメイトに全くといっていいほど興味がない私と違って、佳恵は噂話に目がない。
きっと彼についての情報も持っているんだ。
「えーっと……まふぃ、シャーペン貸して」
ペンケースから勝手にシャーペンを取り出し、さらに勝手を重ねて、佳恵は私の机に何かを書いた。
“A.M”と最初に書いて、少し離れたところに“K.M”。そしてそこから“A.M”に向かって矢印。
「向井さんは三山くんのことを……」
小さな声でぶつぶつ言いながら、矢印の上にハートマークを書き足す佳恵。
これは……本の人物紹介でよく見る相関図だ。
「わかるよね?」
聞かれて、眠気もだいぶ収まっていた私はこくこくうなずく。
“K.M”が“Kokone Mukai”。“A.M”は三山くんのことだろう。
あれ……三山くんのファーストネームってなんだっけ。
「ところが三山くんにふられた向井さんは凶暴化してしまいます。彼女の携帯のメモリーには彼の写真がいーっぱい」
ここが聞かせどころとばかりの語り口調。
ぞくぞくする。本当に小説みたい。
「隠し……撮り?」
「ピンポーン。そりゃあ三山くんも出歩けなくなっちゃうよね。でも三山くんが不登校になってすぐ、向井さんも学校に来なくなっちゃった」
「どうして?」
「さあ。三山くんを追い込んだ責任にかられてとかかなあ」
「それはちょっとずるいかもね」
「でしょー!?」
私の同意を得られて興奮ぎみに拳を握りしめる佳恵。
ふわーあ。収まったと思った眠気がぶり返してきた。
私は立ち上がる。
「佳恵、それちゃんと消しといてね」
「あれ、まふぃどっか行くの?」
「図書室」
「えーっ、またあ?」
口元を押さえながら、私はもごもごと答える。
「借りた本、全部読んじゃったんだもん……ふわーあ、とにかく消しといて、それ」
無理矢理、佳恵の手に消しゴムを握らせる。しぶしぶと机に消しゴムをかける佳恵を残して、私は図書室に向かった。