プレズント~笑う壁~
扉の向こうは沈黙していた。
コンコン。再度ノックする。コンコンコン。
『……誰』
声が聞こえた。確かに聞こえた。
低くて、扉越しだからかくぐもっている。
「あ、あの…………っ」
『……誰』
同じ声が問う。
「旭、です」
『アサヒ?……アサヒマヒル?』
まさかと思った。この人、私のこと知ってるの?
だってたしか……同じクラスになってから、一度も学校に来てないはずなのに。
私はすっと息を吸う。
「三山くんに渡したいものがあるの。皆で寄せ書き書いたから、読んで」
バッグから色紙を取り出す。
いろんな色が溢れた寄せ書き。黒のサインペンで書いてるのは私だけみたい。
『お前、寄せ書きになんて書いたの?』
「え?」
『なんて書いた?』
私は自分の書いた部分を改めて読み返す。
「三山くんと……同じ教室で勉強できる日を、待っています」
『本気?』
「…………」
『俺のこと覚えてんの?』
「…………」
『答えろよ』
答えられない。答えようがない。
クスッ。突然の笑い声。壁の向こうから聞こえる。
『いじめだとか思ってんだろ。だったらちげーよ。寄せ書きとか……マジ笑える。何、それ。本気で書いてる奴の気が知れねーな』
クスクス。
豪快な笑いじゃなくて、明らかに馬鹿にした笑い。
「どうして」
『…………』
「だったらどうして学校に来ないの?」
ふと笑い声が止んだ。しんと静まり返る。
中の様子がわからないので、扉の向こうで彼がどんな表情をしているのか気になる。
『冷静じゃん意外と。俺が引きこもってる理由、知りたい?』
扉の近くにいるのか、それとも部屋の奥の方にいるのか。
彼はどこで私と話しているのか。
『当ててみろよ。なんでだと思う?』
「……人間が嫌いだから」
クスッという笑いがまた聞こえる。
『ファイナルアンサー?』
「…………」
『外れ。面白いこと言うな、お前』
「だったらどうして?」
『知りたいなら自分で考えろよ。なんだったら合ってるか聞いてやっても……』
「もう帰る」
最後まで聞かずに遮ると、一瞬の沈黙の後、扉の向こうの声は案外あっさりと、
『じゃあ、寄せ書きそこに置いといて』
とだけ言った。
私は扉にそっと色紙を立て掛け、挨拶もなしにその場を後にした。
階段を下りると、リビングと廊下を不安げに行き来している彼のお母さんの姿が見えた。
「あら、もう済んだの?」
彼女は落ち着き払った風を装って、静かに微笑んで尋ねてきた。
「はい」
私は頭を下げ、
「お邪魔しました」
とほとんど消えかかりそうな声で挨拶をした。