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あさひ  作者: 瑞鳥ましろ
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プレズント~知らない人~

どうして私がこんなこと。肩をいからせながら歩く。

運が悪かったんだ、きっと。くじ引きで不登校の生徒と隣の席になるなんて。

今日は図書館で借りたシリーズもの五冊を一気に読んでしまうつもりだったのに。授業が終わったら大急ぎで家に帰ってくるつもりだったのに。予定が全部、台無し。


バッグには“三山(みやま)くん”宛の寄せ書きが入っている。クラスメイト全員で書いた。もちろん、私も。「同じ教室で勉強できる日を待っています」というような平凡なメッセージ。他の皆が何を書いたかなんて知らない。興味ないから。


担任の先生から“寄せ書きを渡しにいく係”に任命されてしまった私は、こうしてとぼとぼと独りで歩いている。わざとらしくのんびり。知らない人の家を訪ねていくなんて嫌。だって私、三山くんなんて子知らない。興味ないから。


こんな性格をしてるけど、友達がいないわけじゃない。仲のいい子には「まふぃ」って呼ばれてる。でも私はそれより、本が好きなの。何よりも本。小説。物語。だから現実とはちょっと離れていたい。


三山くんの家は、意外と私の家の近くだった。それも私が妙な係に任命された要因。

二階建ての、なんとも普通のお家。白い壁はところどころ黒ずんでいて、屋根は鈍く光っている。そして“三山”の表札。

ピンポーン。

平凡なチャイムの音が響く。インターホンはないみたい。


「はあーい、どなた?」


平凡というには少し顔立ちが整いすぎている女の人が玄関の扉を開けた。若く見えるけど、たぶん三山くんのお母さんだ。


「あの、私、三山くんのクラスメイトで……」


私の制服を見てわずかに表情が硬くなった彼女に、本当に面倒な役を任されたなーと感じる。


「今日は三山くんに渡したいものがあって来ました」


できるだけ品よく微笑む。


「まあ、そうなの?どうぞ上がって」

「……え、あの」


寄せ書きだけ渡してすぐに帰ろうと思っていた私は、予想外のことに戸惑う。笑顔を崩さないように注意しながら、


「でも、お邪魔したら悪いんじゃ……」


と遠慮する。


「どうぞ、遠慮しないで。お茶をいれるから」


女の人はそう言ってスリッパまで並べている。こんな状況で無理矢理寄せ書きを押し付けてさっさと帰るなんて、できない。


「……お邪魔します」


観念した私は、おとなしく靴をそろえてスリッパを履く。

リビングに通され、


「どうぞ座ってね。今、お茶を持ってくるから。紅茶は嫌い?ジュースの方がいいかしら」


勧められるままソファーに腰掛け、女の人を見上げる。


「紅茶は好きです。でも、あの……」

「それはよかった。ちょっと待っててね」


女の人はリビングの奥のキッチンに消えていく。

私は困り果てていた。こんな風にもてなされると、本当に。どうしていいかわからない。


やがて女の人が紅茶のカップの載ったトレーを持ってきた。ソファーの前の小さなテーブルに、カップとそれから可愛らしいクッキーが並べられる。


「ええと……いただきます」


丁寧に手を合わせて、クッキーをつまむ。紅茶のなんとも言えない香りが鼻をつく。自分がここに来た目的を忘れてしまいそうだった。

紅茶は無糖が好き。砂糖もミルクも入れずに口をつけると、


「あの子は砂糖なしじゃ飲めないの。コーヒーもブラックは駄目」


どこかぎこちなく笑いながら、向かいの椅子に女の人が腰を下ろした。


「お友達?」


目線を合わせて尋ねてくる。


「……隣の席です」


答えられることを正直に。はい、とはちょっと答えられない。


「あの子に渡したいものって?」

「寄せ書きです。クラスの皆で書きました」

「まあ……それはありがとう」


少しだけ、女の人は目を潤ませた。

私は緊張しながらゆっくりと紅茶を飲み干す。


「そういえば、お名前はなんというの?」


尋ねられて、まだ自己紹介をしていないことを思い出した。


(あさひ)です」

「え……?」


彼女の表情が変わったのは気のせいだろうか。とても驚いているように見える。


「旭山動物園の旭です」

「アサヒ……さん」

「はい」


納得したように女の人が何度かうなずいた。そして改まって私に向き直る。


「寄せ書きを、持ってきてくれたのね?よかったら直接あの子に渡してくれないかしら」

「……直接?」

「お願いします」


頭を下げられた。

私は戸惑い、返事ができない。断るにしても、引き受けるにしても、どちらも面倒に変わりない。


「あの子は今、二階の自分の部屋にいるの。最近では家族にも顔を見せてくれなくて、私が留守にしている間には下に降りてきているみたいなんだけど」


それって立派な引きこもりってこと?

そんなの、友達でもない私が声をかけたところで、三山くんが出てくるわけない。


「お願いします」


もう一度、彼女は頭を下げた。だから本当にそういうのは……もう嫌になる。


「ごちそうさまでした」


ずっと持ったままになっていたカップを置き、立ち上がる。

女の人も慌てて腰を上げた。


「あの」

「部屋、どこですか?」

「え?」


聞き方が無愛想だったかもしれない。もう一度聞き直す。


「三山くんのいる部屋ってどこですか?」

「……廊下の突き当たりにある階段を上ってすぐの部屋です」

「わかりました。失礼します」


私が引き受けたのが意外だったのか半ば驚き気味な彼女に会釈を残して、私はリビングを出る。

廊下の突き当たり。照明の消えた暗い階段を上る。キシ、キシ、と足元がわずかな音を立てる。


そして、いちばん手前の部屋。

私はその扉を、コンコンとノックした。

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