プレズント~正直な気持ち~
ヒヤッ。
冷たい。
「……あ、起きた」
私が顔を上げると、そこには銀色の光。
私は大きく伸びをする。
「もうその手口は……飽きた……ふわーぁ」
「眠気覚まし。飲む?」
彼は私を起こした冷たいペットボトルを差し出してきた。よく見るとその中身は半分ほどなくなっている。
「それ、飲みかけでしょ。いらない」
「寝起きのくせにやけにはっきり断るな? つまんねー」
「っていうか、また部活さぼってるの? 心音が怒鳴りこんできても知らないから」
放課後。夕暮れ時の教室。
彼はバスケ部の練習着姿でクスッと笑った。
「いーよ。心音は田中が引き留めといてくれるから」
「……友達の使い方間違ってない?」
「友達のいないお前には言われたくねーな」
「いるから、友達」
「何人?」
「………………」
えっと、佳恵でしょ、心音でしょ、それから……と真面目に数えかけてからハッとなる。
「そんなの朝陽くんに関係ない」
「俺、友達の中に入ってる?」
「え?」
………………。
突然何を言い出すんだろう。いや、彼が唐突なのはいつものことだけど。
「真日って俺のことどう思ってんのかなーって」
彼は約束通り学校に戻ってきた。
私の隣の席に。
そのとき、私は。
「……律儀な人だと思ってるけど」
いかにも適当そうな彼だけど、きちんと私との約束を守ってくれた。あんなに隠したがっていた髪も、何も細工せず堂々としたまま。
……強い人、なんだ。
彼は強い。私なんかよりもずっと。
「律儀って……そーゆーことじゃないってわかって言ってる?」
彼はクスッと笑いながら私の額を指で弾いた。
「俺は真日のこと好きなんだけど?」
「……は?」
………………。
思考回路が停止した。
「真日は?」
クスクス。
「固まってるし。聞いてる?」
ツーンとまた額を弾かれた。
「……や、って、え? な、何?」
「あー、だから、キスしてもいいかって聞いたの」
「は!? そ、そんなこと言ってないでしょ?」
クスッ。
なんで彼はこんなに余裕なんだろう。悔しい。無性に悔しい。
「一応、申告したから」
そう言うと彼は私の隣の席に腰を下ろして、すばやく唇を合わせてきた。あまりの早業に抵抗もできなかった。
「お、案外おとなしい」
唇を離した途端にクスッと笑いを漏らす。
「で、返事。まだもらってないんだけど?」
「……返事って」
返事も何も、許可する前に勝手にしたくせに。
ファーストキス……こんなにもあっけなく。
「だから、俺のこと好き? 嫌い?」
拷問なのかと思うような質問をぶつけてくる彼を、私は思いっきりにらみつけた。
「嫌いだったらキ、キスされたときに相手の唇噛みきってやってたから!」
「じゃー次、俺の舌噛みきる?」
まるで私の威勢を嘲笑うみたいな返し方だ。
「本当に噛みきる」
「噛みきるには、まず舌入れないといけないけど?」
入れるってどこに、とは言えない。
私は必死の抵抗で彼をにらみ続ける。
「正直に言えよ」
彼は真っ直ぐに私を見つめ返してきた。その視線にドキッとしてしまう。
負けた、と思った。
「真日?」
「……私、朝陽くんのこと、す」
ガラッ。
教室の扉が勢いよく開いた。
「アサヒー! あんた、また部活抜け出したでしょー!?」
バスケ部の鬼マネージャー、向井心音。
「心音……お前、タイミング」
心なしか彼の顔がげっそりした気がする。
「あー! ちょ、アサヒ、まふぃに何したの? まふぃの顔真っ赤じゃん」
「うるせー……」
「え、なんかアサヒ拗ねてる?」
心音が怪訝そうに眉をひそめたとき、またひとり教室に入ってきた。
「向井! わー、三山ごめん。向井のこと止められなかった……」
えっと……山田じゃなくて……あ、そうだ、田中くんだ。
「やけに田中くんがアサヒのこと探しにいくなって止めてくると思ったんだよねー。まふぃってこう見えて純粋なんだから、変なことしたらマジで殺すよ?」
心音の顔が怖い。
「ねーまふぃ!」
「えっ、あ」
いや、そんなに抱きつかれたら私が死ぬかもしれない。結構苦しい。
「まふぃはアサヒより私との方が仲良しだよねーっ」
「む、向井……それはどういう意味で……」
うん? なぜか田中くんまで顔色が優れない。
「とにかく部活行くよー!」
やたらと元気なのは心音だけ。その彼女に彼と田中くんは連行されていってしまった。
「まふぃも早く帰りなね」
「……はーい」
帰り支度をしようと立ち上がると、扉のところで彼が一瞬振り返った。
キラッと彼の髪が星の欠片を散りばめたみたいに光る。
『ま・た・あ・し・た』
また明日。
明日もまた。
夕日が地平線に沈んでいく。燃えるような光。
そして、明日。
また朝日が昇る。
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