プレズント~白銀の髪~
ドアが開いた。
壁がなくなった。
黒いパーカー。フードを目深に被った彼。
「……嘘つき」
彼の姿を見て、私が最初に言った言葉はそれだった。
「髪が短くて、勝ち気な瞳で、それから世話好き?ふざけてるの?」
「……ごめん」
彼は低い声で謝った。
「なんで謝るの!?」
思わず大きな声で叫んでしまい、下の階で心配しながら待っているであろう彼のお母さんに聞こえるといけないと思って、慌てて口元を手で押さえた。
「謝らなきゃいけないのは……私、なのに」
小さく息を吸って、吐いて、そしてまた吸った。
「私はあなたを……傷つけた」
「よく、わかってるじゃん。でもそれはあとででいい。今は答え合わせが先」
「………………」
フードのせいで少しも顔が見えない彼は強引に私の腕をつかみ、それを自分の頭まで持っていった。私の手にフードをつかませ、そして勢いよく脱がせる。
長い髪がフードからこぼれた。肩をすぎるぐらい長くて、たぶん校則違反になるほどの長さ。
長さだけじゃなくて、色も。
ゲレンデで光る雪のように。綺麗な銀色。
「学校休んでる間、暇だったから調べてみたんだけど」
「………………」
「それまで真っ黒な髪だった人がいきなり赤みがかった茶髪になったり、そういうことは珍しくない。髪の色素の配合が変化するらしくて」
前に見たときよりも彼の髪は完全な銀色に染まっている。色素が変わったってこと?
「でも俺の場合、生まれたときから人とは違う色素を持ってたんだ。含有量はそう多くなかったんだけど、白銀っぽい色。それがストレスのせいで増加して、今の色になった」
……ストレス?
「マヒル……協力して」
「え?」
彼は私の横を過ぎて、階段に足をかけた。
それから振り返って、
「一緒に来いよ」
と手を差し出した。
「どういうこと?」
「頼むから」
私は恐る恐る手を伸ばす。彼はそれをつかんだ。
「母さん」
リビングで放心したようにソファーに腰かけていた母親に向かって、彼は呼びかけた。
「……朝陽」
彼女は目を大きく開いて驚いた。
「こないだあの人と会った。母さんは元気かって聞いてきたから、元気だって言っといた。最近よく訪ねてくるお客さんに出すお菓子を作るのが楽しそうだって」
「あの人って……朝陽、あなた」
「あの人も向こうでうまくやってるって。でもたぶん、本当は寂しがってると思う」
なんの話をしてるんだろう。内輪の話だったら、私のいないところですればいいのに。
「母さん、早く関係修復しなよ。そうしないと、そのうち俺が大人になって独り立ちしようと思ってもできねーじゃん。母さんを独りにするわけにいかないだろ」
「………………」
「心音に言われた。勇気出せこの意気地なしって。あいつもいろいろ大変だったけど、学校行くことにしたって。俺もそろそろ……ちゃんとしなきゃなと思った」
彼はそう言いながら私の手をぐっと握った。
「ゲームも終わったし、マヒルと約束した通り、学校行くから」
彼は宣言した。
「学校に聞いたら、染めてないならこのままの髪の色でも認めるって。だからもう隠すのやめた」
明日から行く、と彼は驚いて何も言えない私たちを見てクスッと笑った。




