パスト~夢の続き~
私は怪訝に思って眉をひそめた。
彼女は私たちの目の前まで来て、そして腰に手を当てて仁王立ちをする。
「ちっとも戻ってこないと思ったら!サボってないで早く練習しなよ」
……え?
「ちょっとアサヒ、聞いてるの?」
「聞いてるって。お前こそなんでここにいんの」
答えたのは彼だった。
「アサヒを探しに来たに決まってるでしょ」
アサヒ。
アサヒって。
彼が仕方なさそうに言う。
「あーわかった。すぐ戻るから。先行ってて」
「そう言って絶対戻ってこないでしょ!……えっと旭さん、だよね。こいつになんか変なことされてない?何かあったらすぐに警察呼ぶんだよ?いい?」
彼女はリスの尻尾のようなポニーテールを揺らしながら、私に顔を向けた。
「け、警察……?」
「はあ?変なこと吹き込むなよ。誤解されたらどうすんの」
彼は少し慌てた様子。
「へえー、何、そういう関係だったの。邪魔してごめんなさいねー。邪魔者はいなくなるからどうぞこのまま続けて……と言いたいところだけど、アサヒはうちの部の大事な戦力なんだから、練習に出てくれないと困ります!」
随分と騒がしい人だ。ビシッと立てた指を彼に突きつけて、睨んでいる。
「あー、もうわかったって。すぐ行く」
「ふん、よろしい」
「あ!悪い無理。忘れてた、5時から教師に呼ばれてる」
「はあー!?5時ってあと5分しかないよ」
「まあ、そういうわけで部活はパス」
あっけからんと言う彼。彼女は呆れたように首を振る。
「……わかった、先輩にはそう言っとく。その代わり明日からはちゃんと来てよ?」
そう言って彼女は教室を後にした。
揺れるポニーテールを見送ったあと、私は彼を見る。
「……今の」
「今の?バスケ部のマネージャー」
彼は肩を震わせて必死で笑いをこらえていた。
「そうじゃなくて。アサヒって……」
「ああ、アサヒだけど?」
わざとらしくすました顔で受け答える彼。
私はムッとして主張する。
「アサヒは私」
「残念。俺もアサヒなの」
「………………」
「クラスメイトだけど、名前覚えてないんだ?隣の席になったこともある」
アサヒ、くん。
私と同じ苗字?だからさっき私の名前のこと面白いって……。
「俺って存在感薄いの?それともお前の記憶力が悪いの?」
「……たぶん両方」
私が正直に答えると、彼は少しだけ面食らった様子で額に手を当てた。
「冗談わかれよ。何、そのショックな答え」
「嘘つくよりましでしょ」
「嘘も方便って言葉知らねーの?」
「知らない」
「………………」
「今の、嘘なんだけど」
知ってるから、そのぐらいの言葉。
私は今の冗談とも呼べないような冗談に彼も呆れるだろうと思った。こんなだから私には友達が少ないんだ。
ところが。
彼はクスッと笑った。どうしてだろう。いつもならここで沈黙して話が終わるのに。ほかの人は皆そうなのに。
彼だけは、私の独特な会話のペースに呆れたりしなかった。
「不器用だよな、お前」
「え?」
私はなんだか不思議な気持ちになって、うつむく。馬鹿にされてる?違う、そうじゃなくて……。
「そういえば、先生に呼ばれてるんじゃなかったの」
ふと思い出した私は尋ねる。
「あー、それ明日だったかもしれない。いや明後日?一週間後?」
「嘘ついたの?」
「勘違いしただけ」
「記憶力悪すぎるんじゃない?」
「お前ほどじゃないな。そうだ」
彼はクスッと笑って、
「記憶力の悪いお前に魔法かけてあげようか」
と訳のわからないことを言った。
魔法?もしかして頭のおかしい人だったの?
「今から見せるのは誰にも秘密な」
クスッと人差し指を唇に当てる彼。その指を前髪の付け根に指を持っていく。
………………。
私は息を飲んだ。
窓から入ってくる夕日のオレンジ色。キラキラときらめいて。
彼は自分の髪の毛を剥ぎ取った。そしてその下から一瞬にして現れたのは。
「え……」
銀色。
晴れた日の月みたい。
「アサヒくん……その髪」
彼はウィッグのようなものをひらひらと揺らした。さっきまで被っていた真っ黒な髪を。
染めたにしてはまばらに黒い房が混じって不自然な銀色の髪。まるでアニメか何かのキャラクターみたい。
どうして?日本人だよね?っていうか銀色の髪の人種なんていたっけ……?
「これで俺のこと忘れない?」
彼は笑った。唇の端を持ち上げて。でもその目はなんだか寂しそうだった。
「やっぱお前でもそういう顔するんだ」
「………………」
「別に染めてるわけじゃないから。生まれつき。かつら被って隠してたけど」
「………………」
「何か反応しろよ」
「……だって」
たちの悪いイタズラだろうか。それにしては彼の表情が硬い。
「魔法、効きすぎたかもな。ごめん。じゃあ、俺帰る。お前も早く帰れよ」
コツン、と彼が私の額に手を当てた。顔が近い。夕日を浴びてきらめく銀髪がすぐ目の前で揺れる。まるで星の粉をまぶしたみたいに綺麗な銀色で。信じられない。
「また明日な」
彼が私に背を向ける。去っていく背中。彼はまたすぐに黒い髪を被った。人の目から隠すために。
私はひとつだけ彼に聞き忘れたと思った。
どうして私だったの?
わざわざ寝ているのを起こしてまで。
どうして私に見せたの?
明日聞こう。私は決めた。忘れないようにしなくちゃ。何しろ私は極端に記憶力が欠けているから。
次の日、彼は学校に来なかった。




