プレズント~壁の向こう~
扉をノックする。すると向こうからもコンコンとノックが返ってきた。
「質問するから……答えて」
彼が何か言う前に、私は自分から言葉を発した。
「ねえ、私のこと……“どんな人間”だと思ってる?」
息をつめて耳をすませると、壁の向こうから、クスッと小さな笑いが漏れる。
トクン。心臓が音を立てる。
『そうだな、俺が想像するに、おまえは世話好きだ。髪は短くて、勝ち気な瞳をしてる。学校を休んだクラスメイトを見舞うのが趣味。どう、当たってる?』
私は無意識のうちに、目の前の壁に爪を立てていた。下唇を噛む。
「残念。全部外れ」
『それじゃあ……』
クスクス。漏れてくる笑い声は止まない。だけどその声はひどく湿っていた。
『今日の答えを聞かせてもらおーか?』
震えている。彼が震えている。
「……アサヒ」
『………………』
「三山朝陽くん』
私は彼を呼んだ。
そう。
それが
彼の
名前………………。
『覚えて……た、の?おまえ……』
扉の向こうから途切れ途切れに聞こえる声。
『俺のこと、覚えてた……?』
「去年も同じクラスだったでしょ。同じクラスで……一緒に勉強してた」
『………………』
彼の名前を私は知っていたんだ。ちゃんと知っていた。
なのに……。
「興味なんてないの。クラスメイトなんかに興味なんて……。でも、あなたの名前は忘れられるはずがなかった」
『おまえの記憶力さ……ほんとどうにかした方がいいよ』
ほとんど声になっていない。かすれていて、乱れていて。
彼はもしかしたら泣いているのかもしれない。
『自分は特別だって傲ってた……期待してた……でも、おまえはそんなの関係なしに、平等に俺のことも忘れて……マジ、失恋したと思って……ああ、俺、何言ってんだろ』
「……カッコ悪いね」
『おまえのせいだし』
震える音の中に、クスッというのが混じった。
『俺が学校休んでるの、ちょっとは心配してくれてるのかなーとか考えてた。馬鹿だな。おまえは俺のことなんか忘れてたのに』
「不登校になったのは、私のせい?」
『ちげーよ。残念ながらもっとファンタジーな理由』
私はふと思い出す。
一年前、彼に見せてもらったあの……。
『……思い出した?』
「それを思い出してほしくてゲームなんて言い出したの?」
クスッ。
『他にどんな理由があんの』
だったら……もっと別の方法だってあったはずだ。どうしてこんな回りくどいこと。
「あのね、勘違いしてると思うから教えてあげる。私はあなたを忘れたわけじゃない。気づかなかったの。同一人物だって」
一年前に出会った不思議な人。
アサヒくん。
あれがあなただったなんて。




