プレズント~笑わない彼~
今日からテストが始まる。午前中にテストを受けたら、すぐに下校。帰りが早いのは嬉しいけど、次の日もテストがあると思うとあまり喜べない。
「まふぃ、テストの出来、どう?」
テスト一日目が終わり、帰ろうとしていたところに佳恵が話しかけてきた。隣には佳恵と同じテニス部の弥生もいる。
私はほとんど荷物の入っていないバッグを肩にかけながら答える。
「まだ明日もあるからわからないけど……いつも通り平均とれてたらいいかなって感じ」
「私ねっ」
ほとんど被せるようにして弥生が高い声を出した。
「今回のテストの順位が前回よりよかったら、携帯買ってもらえるんだー。そうしたら佳恵ちゃんともメールできるよ」
弥生は佳恵の親友を公言している。「真日ちゃんも友達だよ」なんて言っていたけど、きっと本心じゃない。
「弥生ったらー携帯ってガラケーのこと?どうせならスマホをねだればいいのに」
「でも私、ハイテク機器は苦手だし」
「ハイテクって!なにお年寄りみたいなこと言ってるの」
佳恵が笑う。私の存在なんて忘れたみたいに。
「あ、まふぃは携帯持ってるんだっけ?」
ふいに佳恵は私を振り返った。
私は首を振る。
「持ってない」
「ねえねえ佳恵ちゃん!私ね、佳恵ちゃんとお揃いのカバーにしたいんだけど、いい?」
もはや意地のように声を張る弥生。こういうとき、私は思う。
現実って面倒くさい。
「私、帰るから」
そう言ったのは、別に二人を気づかったわけじゃない。ただ単にその場にいるのが面倒だったから。
「待って、まふぃ。テスト期間は図書館開いてないよね?一緒に帰ろうよ」
「……寄るところがあるから」
弥生がほっとしたような顔になったのに私は気づかないふりをする。
「じゃあ、お先に」
少なくとも佳恵は残念そうだった。きっとそのあとの言葉も本心なんだと思う。
「また今度、一緒に帰ろ。バイバイ」
「じゃあねー真日ちゃん」
私には友達がいないわけじゃない。
少ないだけだ。
すっかり覚えてしまった道順をたどる。周りの景色も見慣れた。
結局来てしまうんだ、いつも。
ピンポーン。
なんの変哲もない呼び出し音。
ピンポーン。ピンポーン。
焦りを感じた。なぜだろう。いつもと違う。
ピンポーン。
……誰も出てこない。
出かけているのかもしれない、とやっと気づいた。でもおかしい。彼が家から出る?自分の部屋に閉じこもっているはずの彼が?
これが最後、と思ってチャイムを鳴らす。
「何やってんの」
突然、背後から声が降ってきた。
「居留守使ってるとでも思った?」
身体が思うように動かなくて、私は首だけをゆっくりと後ろに向けた。
人が、立っていた。人。ぱっと見、すごく怪しい人が。
「入れよ。うちの母親、まだパートから帰ってきてないから、誰もいないけど。たぶんもうすぐ帰ってくる。つーかなんで今日はこんな早いの?」
その人はカチャッと鍵を回してドアを開けた。
「……入らねーの?紅茶ぐらいなら出すけど」
私はほとんど硬直していた。
「マヒル?」
だって、だって。部屋に閉じこもってるって言ってたのに。
「マヒル……?」
その人はもう一度私の名前を呼んだ。
私より20センチか30センチは背が高くて、私は彼に見下ろされている……たぶん。たぶんというのは、その人の顔が見えないから。顔の半分以上を隠しているパーカーのフード。水色のラインが入った黒いパーカーのデザイン自体は別に普通なんだけど、それを目深に被っているとなると、どうも怪しい人にしか見えない。
見えるのは彼の口元だけ。
「外、出歩いてるの……?」
「え?……ああ」
彼はドアが閉まらないように押さえながら振り返った。
「……ゲームなんて意味ないじゃない」
声が震えた。私は気づいた。知らないうちに期待していた。私は彼の人生に関わっている。初めて、誰かの人生に関わっている。
忘れていた。これはただのゲームなんだ。彼はただ楽しんでいるだけ。私は暇潰しの道具にすぎない。
「今日はどんな仮説を思いついてきたの?」
やけに形式ばって彼が尋ねてきた。
「質問なんてない。私はあなたに興味がないから」
私は勝手に一日ひとつの質問の権利を放棄して、逃げ出した。逃げたんだ、私は。何かを恐れて。
追いかけてこないかな、と一瞬思った。そんなはずない。私は振り向くのをやめた。
誰かに期待するのは怖い。
そういえば今日は彼が一度も笑わなかった。ふと気づいて、だから何?と思う。そんなのどうでもいい。
私には友達がいないわけじゃない。
少ないだけだ。
でも彼は友達じゃない。ただの不登校のクラスメイト。席が隣だというだけの繋がり。
彼に興味なんてない。




