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伝承者待望論
本来なら 選ぶ側であって
選んでほしいと
健気に待っている状況なのは
可笑しい。
お客だろうが 弟子だろうが。
金を取り 教えず 訳も分からない 興味もワカナイ。
なら 見限っても 不思議ではない。
興行なのか 教室なのか
道場というのは 曖昧だ。
種も仕掛けも有る。
が 教えはしない。
存在を匂わすだけ。
弟子とは お得意の客。
太客の暗喩を 弟子 と称するだけなのか。
弟子は金か。
それとも
次代の担い手か。
自身の技術の
後継者なのか。
はっきりとはしない。
動作の 損益は 常にギリギリの所でセメギアウ。
どの観点からみても 優秀な事は 少ない。
これが そうだ
と すると 必ず
目敏い人が 欠点を見つける。
あるいは 真似をしてみても それほど
絶対では 無い。
この絶対では無いのが
真似をする人の未熟から くるのか。
技術の限界点なのかは
はっきりとはしない。




