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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気まぐれ凡才短編集

終わる世界で

作者: 林公一

 世界は完全に狂ってしまった。


「なんで……なんでこんなことに……」


 少女の顔は、夕日に照らされていて見えない。でも俺にはわかった。彼女は――泣いている。


「やめろ……やめてくれ……」


 ある日流れた一つの通告。電波にのせられて届けられたそれは、『本日世界は終わります』なんていう、ふざけた内容だった。


 きっと誰もそんなこと信じなかった。

 でも、それは現実に起こってしまった。


 彼女が世界を終わらせた。方法なんてわからない。目的なんて知らない。


 ただ、『破滅』だけが世界を覆った。





 俺は彼女を知っている。クラスの人気者で、美人で、可愛くて、いつも笑ってて、たまに告白されていた。

 でも、彼女はいつも困った顔で断ってた。『私、好きな人がいるんです』なんて言っていた。

 きっとそいつはかっこよくて、優しくて、頼りになる、背の高い男なのだろう。俺は誰とも知らない、想像上の『彼女の好きな人』に嫉妬していた。


 でも俺は彼女が好きだった。どうしても、諦めきれなかった。

 だから、玉砕覚悟で告白してみたんだ。結果は最悪だったけどな。


 その場で断られるのならまだよかった。でも、彼女は泣きながら走り去って行ってしまった。

 返事があったわけじゃない。もしかしたら嬉し涙で、照れくさかったから逃げたのかもしれない。そんな淡い期待をしてみたりもした。


 でも次の日の夕方に、きっちり返事が返ってきたよ。『ごめんなさい』ってね。ただ、彼女の断り方がいつもと違っていて、何度も『ごめんなさい』を繰り返していた。泣きながら、何度も何度も。


 俺は慌てて『気にすんな』と言った。それでも彼女は謝り続けた。

 そんなことがどれくらい続いただろう。彼女は目元をすっかり腫らして、それでもまだ涙を零す。


「どうしたんだよ。いつもみたいに断ればよかったのに」


「違うの……私は――」


 言葉はそれ以上続かなかった。


 轟音。何かが割れる音。空を見上げると、空がひび割れていた。

 比喩表現なんかじゃなく、文字通りひびが入っていた。

 空の欠片がパラパラと落ちる。


「何だ!? 一体何が――」


 そして、町内放送が流れる。いや、きっと全国、もっと言えば全世界に流れたんだろう。


『残念ながら、本日世界は終わります』


 事態が把握できない。起こっている全てが理解の範疇を超えている。それでも、せめて彼女だけでもと、何も考えずに身体を動かした。

 そして――


「――本当に、ごめんなさい」


 彼女のその言葉を最後に、世界が壊れた。





 どれくらい眠っていたのだろう。俺はゆっくりと目を覚ました。


「俺……何してたんだっけ……」


 まだ覚醒できていない頭で、考える。確かあの子に告白して、振られて、それで――?

 ああ、そうか。あれは夢だ。あんなことが現実に起こるわけがない。きっとショックのあまり倒れてしまったんだ。

 情けないと思いつつ、そんなことを考えていると、視界が徐々に明確になっていく。しかし目の前に飛び込んできたのは、歪んでしまった世界。空は割れ、地は捻じ曲がり、海は燃えている。


「何だよ……これ……」


 頭が理解することを拒絶する。認識することを否定する。


 ――嘘だ、ありえない。そんなことが起こるはずがない。


 しかし現実は事実のみを突きつける。

 これは、紛れもない真実なんだと。


 近くに彼女はいない。代わりにいるのは他の人――いや、人だったモノだけだ。


 ――まさか、死んで――!


 最悪の考えが頭に浮かぶ。


 ――そんなわけない!


 根拠も何もない、ただの希望的観測。絶対に彼女は生きている。


 ――きっとあそこだ。


 頭に浮かんだあの場所。そこにいる。それだけを信じて走り出した。


 鉄臭さが鼻を刺激する。赤黒い液体と、それに沈むモノがその元凶だ。

 胃からこみ上げてくるものを無理やり押さえ込み、走り続ける。


 目的地に向かって走れば走るほど、その惨状の度合いは上がり、さっきまではまだ原型をとどめていたモノも、もはやただの肉塊と化し、嫌な臭いを撒き散らす。


「――っ! ――!」


 咄嗟に手で抑えるが、堪えることはできなかった。

 先ほど飲み込んだものと一緒に、今度こそ吐いてしまった。


「――っぁ……はぁ……はぁ……」


 体力が一気に奪われる。だが、後少しだ。


「もうすぐ……もうすぐ着くんだ……」


 そこにいるかなんてわからない。でもきっといる。

 そんな愚かな憶測だけでここまで走ってきた。


 きっといる。あの場所――学校の屋上に。


 怠くなった身体に鞭打って、再び足を動かす。

 走って、走って、走って。

 目を背けたくなるような情景を受け止めながら。

 走って、走って、走り続けた。


 ついに、学校が見えた。もうすぐそこだ。きっともうすぐ会える。

 外壁に沿って走り、角を曲がって右へ。そして、校門をくぐり抜けて、校舎へ――


 ――入れなかった。


「な……! 何でだよ……! 何で入れないんだよ!」


 もう一度校舎へ入ろうとするが、通った瞬間に外に出てしまう。まるで、次元が歪んでしまっているみたいに。


 いや、事実そうなのだろう。こんな狂った世界だ。それぐらい起きても不思議はないのかもしれない。


 それでも俺には受け入れられなかった。受け入れてやるものか。もしも認めてしまえば、それはきっともう変えられない。校舎の中には永遠に入れない。


「そうだ、窓からなら!」


 野球部が使っていたのであろう、血にまみれたひしゃげたバットを持ち、窓ガラスを叩き割る。

 そこから侵入を試みるが、やはり入れない。


 ――なら裏門から!


 校舎の外をぐるりと周り、裏門から校舎へ入ろうとするが、ここもだめ。


 他にも、思いつく限りの方法を試したが、どれも不成功に終わる。


「だめ……なのか……?」


 ――いや。まだある。


 最後の手段。校舎の外壁を登る。


 普段なら無理だ。校舎には穴や窪みはないのだから。

 しかし今は違う。何が起こったのかは知らないが、衝撃か何かの余波だろう。校舎にもひびが入っており、そこから登ることができそうだ。

 俺の目的は校舎に入ることじゃなくて、屋上に辿り着くことだ。何も正面から行くだけが方法じゃない。


「やってやる……!」


 ひびに左足をかけ、右手の指を穴に入れる。続けて右足と左手をひびにかけて、少し登る。

 交互にそれを繰り返し、少しずつ、しかし確実に屋上へと近づいていく。


 そして、半分の辺りまで到達した。

 しかし油断してはいけない。もしも足場や手のひっかけが崩れれば、真っ逆さまに転落し即死する。

 いつそうなるかわからないのだ。のんびりしてはいられない。


 再び上を見据えて、壁上りを再開する。

 崩れやすそうなところは避け、確実に登れるところだけを足場にする。


「もう――少し――!」


 ついにフェンスが見える。後十メートル。


 逸る気持ちを抑え、一歩一歩しっかりと登っていく。


 残り、八メートル。


 もし会えたらどうしようか。


 七メートル。


  そう言えば気になることを言ってたな。『私は』の後は一体何を言いたかったんだろう。


 五メートル。


 まあ会えたら聞けばいい。きっともうすぐ会えるんだ。


 三メートル。


 会えたらちゃんと謝ろう。彼女か泣いたのはきっと俺のせいだから。理由はわからないけど、きっとそうだ。


 一メートル。最後の一歩を登り、フェンスを掴む。

 身体を持ち上げて、屋上をのぞき込んだ。


 しかし――そこに彼女はいなかった。


「何……で……」


 いや、わかっていた。俺はただの勘で、勝手にそう思い込んでいただけなんだから。


 それでも――


「絶対に――いるはずッ!」


 フェンスを登りきり、屋上に入ろうとした。瞬間。


 身体が浮遊感を覚えた。


「――あっ――!」


 校舎に入ろうとすれば、外に出される。それは屋上であっても変わらない。屋上だって校舎の一部なのだから。そんな簡単なことを忘れるほどに、俺は焦っていたのだ。


 脳裏に浮かぶのは『死』の文字。ここに来るまでに見た、あの肉塊のように、原型も留めずに、俺は死ぬのだろう。

 身体が落下を始める。風を切りながら、地面に向かって一直線に。


 ――どうせ、もうここ以外に心当たりはない。

 ――変に生きながらえるより、いっそここで――。


 目を閉じて、そう思った時。


 風が止んだ。


 いや、そんなはずはない。あれは俺が落ちていたから感じた風だ。止むはずがない。


 しかし、現に風は止んでいる。いや、風だけじゃない。恐る恐る目を開けると、俺の身体すら空中で静止していた。


 一体何が、と上を見上げる。


 するとそこには、


 あの少女がいた。


「何で来たの……? あなたは、あなただけは生きていてほしかったのに……」


 声は震えていた。顔は夕日に照らされていて見えないが、雫がポタポタと落ちてくるところを見ると、きっと泣いているのだろう。


「お前が……こんなことをしたのか……?」


 返答はない。代わりに不可視の力によって、ゆっくりと身体が持ち上げられ、屋上へと連れられた。


「みんな死んだぞ……? 生きてるのは俺と、お前だけなのか……?」


 また、返答はない。しかしその沈黙は肯定しているように思えた。


「なんでだよ……なんでこんなことに……」


「……もう、戻れないの」


 俺の呟きに、今度は応じた。しかし、それは答えではない。


「何だよ、戻れないって……」


「私はもう、生きてるだけで世界を滅ぼす。もう止められない。抑えられないの」


「…………」


 彼女の言葉を聞く。


「今までは何とか抑えられてた。でも、この力は欲望が大きければ大きいほど、その力を増す。もう、だめなの」


「何だよ、その欲望ってのは」


「あなただよ」


 太陽が砕け、光が消え失せる。世界が闇に包まれた。


「ずっとあなたが好きでした。でもきっと、あなたを手に入れてしまうと、もっともっとあなたが欲しくなる。もっと欲望が強くなる。だから他の人の告白には『他に好きな人がいる』って牽制したのに……」


 地が揺れ、炎が噴き出す。炎が彼女の顔を映し出した。

 ――泣いている。


「なのに……なのに! あなたが私に告白なんてしたから! 私は歯止めが効かなくなっちゃったよ! 嬉しくて、嬉しすぎて死にそうで……でも! そのせいで世界を壊した! みんな死んだ!」


 泣きながら、哭きながら、彼女は叫ぶ。


「あなたが私なんかを好きになったから! 世界は壊れちゃったよ! どうにかしてよ! 私は……私は……」


 だんだんと言葉に気がなくなる。俺は、俺にはどうすればいいのかわからない。


「なんてね……ごめんね、むちゃくちゃ言って……。そう、これは――」


 あまりのことに、呆気にとられていると、彼女の手から何かが現れる。あれは――拳銃!?


「――これは、私が死ねば済む話。元には戻らないけど、これ以上何を壊すこともない。……あはは、最初からこうしていれば誰も死ななかったのにね……。ごめんね……」


 こめかみの辺りに銃口を向け、人差し指は引き金に添えられる。


「やめろ……やめてくれ……」


 意識せずして出た言葉。顔を左右に振り、幼子のようにいやいやをする。この言葉で踏みとどまってはくれないか、なんて甘い考えも出た。しかし、当然ながらそんな程度では止まらない。

 拳銃を下ろすことなく、引き金が徐々に引かれていく。


「――さよなら」


 乾いた音が鳴り、鮮血が飛び散る。身体は支えを失い、重力に従って倒れていく。

 ただし、


「な…………で……」


 銃弾を受けたのは、彼女ではなく俺。右腕を銃弾が貫通し、赤い粘性の液体を地に落とす。


「なんで……やめてよ……。どうして死なせてくれないの……? もう、これ以上何も壊したくないよ……このままだとあなたも――」


「うるせえよ……」


 激痛に耐えながら、吐き捨てるように言を発する。


「勝手に死のうとすんなよ……。お前の『体質』のことはわかったがよ、要するに俺とお前は両想いだった、ってことだろ……?」


「体質とか……そんな簡単なものじゃ――」


「その程度だよ。そもそも好きな人が目の前で死のうとしてるのを見過ごせるわけねぇだろうが。お前もそうだろ……?」


 彼女は多分、俺に会いたくないがために、あんな変な仕掛けを作ったのだろう。それに本当に会う気がないのなら、俺が来たと気づいた瞬間に、どこかへ行けばよかったんだ。それをしなかったということは、さっきの話も相まって、そういうことなんだろうと考えられる。


「多分、俺も同罪なんだろ? だったら一緒に背負ってやる。だから生きろ。これでもきついなら――」


 正直恥ずかしい。でも、ここまでお膳立てされてるような状況で、何も言えなきゃ男じゃない。


「――俺のために生きてくれ」


 顔が熱を持ったのがわかる。できるだけ顔を見られないように、そっぽを向こうとしたが、


「――はい、ならあなたのために生きます」


 目を見開いた後に見せた、花が綻んだような笑顔を見ると、そんな考えも吹っ飛んでしまった。


「責任、とってね」


「当たり前だ」


 俺は自分でも気づかないほどに、心底彼女に惚れていたんだろう。きっと彼女となら、どんなことでも乗り越えられる。そんな楽観的な思考が頭に浮かぶ。





 二人ぼっちのこの世界で、俺たちは生きていく。その身が朽ちる、その時まで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 長い物語から美味しい部分だけを上手く切り取ったなあという印象 御馳走様でした [一言] ツイッターの読了報告から 5000字もあったんですね それに気づかなかった程一気に読めました
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