白色赤頭巾――狼七匹
符丹に部屋を追い出され、マスターに挨拶をしたあと、ボクと紅さんは帰路についていた。
「そういえば紅さんって、学生ではありませんよね?」
ボクはずっと気になっていた事を聞いてみる。
「へ?わたしですか?そんなに若くみられるだなんて、嬉しいですね〜」
「あっ、やっぱり大人だったんだ……」
本当は同年齢くらいなんじゃないか。そんな儚いの希望は潰えた……神は無情なり。
と、そんな感じの雑談(意外にも娘が二人居るという話など)をしつつ歩いていると、奇妙な気配と異様な雰囲気を感じる。
吸うだけで気持ち悪くなってくるような、重く粘つく空気。
日が暮れてるからだけではないだろう静けさ。
気温も数度下がったかのように錯覚する。
紅さんも同じ気配を感じとったのだろう。その表情は険しい。
だが道の先に広がるのは、化物が大口を開いて待ち構えているような暗闇のみ。
そこに何かの生き物の気配は感じない。
そう、〝生き物〟の気配は
それ以外のものなどは想像したくないが、しかし先程から臭う鉄サビの様な臭い。
それの所為で、この先に何があるのかは明白だった。
ボクの思考がそこまで進んだ時だった。
それは上から落ちてきた、というべきなのだろう。
だが、それは信じられない程静かにその場に降り立った。
しなやかで細いが、全く弱さを感じさせない力強そう脚。
その体は、ボクの体の倍はありそうな巨躯。
そして、二足で立っている故に奇妙に映るその異形。
その頭は、どうしようもなく獣――それも狼のものだった。
勿論体には毛が生えている。
「獣人とか……小説内だけにしてくれよ……」
隣にいる紅さんは恐怖のあまり声が出せないのだろう、震えながら正面の狼人間に指をさす。
その先を見て、ボクは喉に熱いものが込み上げてくる。
狼人間は人の頭をくわえていた。
見知らぬ誰かの頭。その表情は恐怖に歪んでいて、見るものにも恐怖を与える。
噛みちぎってきたばかりなのか、その荒々しい切断面からは血がしたたり、真っ白な地面を赤く染める。
今日は赤く染まってばかりだ――そこまで考えたところで限界がきた。
怖い。恐い。可笑しい、何故?これは?訳が分らない。理解できない。理解したくない。血?死体?死人。グロい。気味悪い。気色悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
ボクの脳内は乱れに乱れ、胸が苦しくなってくる。
そして、まるでボクの気持ちが溢れてきたかのように喉をせり上がってくるそれは、ただの変哲もない胃液で道のど真ん中にそんなものをぶちまける。
よく、小説や物語の中には死体とかを見ても少し不快に思うだけだったり、なんとも思わない奴がいるが、ボクにはそんな奴らの気持ちは理解できなかった。
(とか言いながらも、こんな事思える程度には慣れてんじゃん……死ねよ)
自己嫌悪に浸るボクを狼人間は、興味深そうに見つめ――飛びかかってくる。
当然ボクなんかが避けれるはずもなく、紅さんに突き飛ばされ死なずにすむ。
──あれ?ていうか何か柔らかい感触。これはもしかしてもしかすると……お約束展開?
そう思ってボクは咄嗟に閉じていた目を開くと……恐怖に歪んだ恐ろしい表情の顔。その目とボクの目があう。
つまり柔らかかったのは、狼人間が加えていた生首のどこか。
ちなみに当の紅さんは突き飛ばした反動で尻餅をついていた。
「バッキャロォォォオッ!!」
ボクは叫びながら生首をぶん投げる。
凄く罰当たりだがこれは仕方がない。
そして生首はかなりの勢いで飛んでいき、低く唸りながらこっちを向こうとしていた狼人間に直撃。
やってしまった、と思った頃にはもう遅かった。
激昂した狼人間は再びボクに襲いかかってくる。
ボクはそれをギリギリのところで避け、能力の発動する機会を探る。
だがしかし、避けるのがギリギリどころか、途中から追い詰め始められる。
「あっ……!!」
ついに限界がきたボクは、バランスを崩しこける。
そのチャンスを見逃さず、狼人間はボクにのしかかり、その大きな口で獲物であるボクを食べようとして……吐血する。
同時にボクの腹に生暖かい何かが溢れてくる。
狼人間の腹が裂けていたのだ。
ボクが周りを見渡すと、鋏を構えた紅さんはにっこり笑う。
そして狼人間は激痛に耐えるような表情をしながら、信じられない脚力で何処かへ逃げていったのだった――
続く