白色赤頭巾――狼六匹
全員分のコーヒーを運んできたマスターに、足の手当をしてもらってボク、紅さん、そしてこの部屋の主。
その三人で真っ黒なちゃぶ台を囲む。
「……で?何しに来たのよ」
人の足を刺しておきながら、何故か不機嫌な黒い少女。
「こ、この方は……?」
紅さんはさっきのボクと符丹のやり取りの様子を見ていたから、すっかり怯えてしまっていた。
「この子は――」
「望月符丹」
黒い少女――符丹は素っ気なく名乗り、わざとらしく大きな溜息を吐く。
「……何?彼女自慢にでも来たの?帰ってくれないかしら。私は夢童話の件で忙しいのよ」
「違うんだけど!?まさにその話をしに来たんだから!」
そして符丹に紅さんを紹介し終える。
「……なら私も改めて。『腹黒グレーテル』望月符丹よ。今回はわざわざ御足労ありがとう」
個人的には『腹グローテル』を推したのだが、その後の展開は……恐ろしいものだった。思い出したくもない。
「それじゃ早速本題なんだけど、三番の赤頭巾だったよね?」
「あっ……あの……わたし全然分からないんですけど、三番の赤頭巾ってなんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、あからさまに符丹の表情が不機嫌になる。
「……貴女、新人?新人ならもう少し勉強熱心になる事ね。そんなのじゃ一人前には程遠いわ」
こんな部屋に篭もりまくりの符丹には言われたくないでしょ、なんて言ったら殺されそうだから自重しておく。
(それに符丹は保持者としては一人前だしなぁ)
そうこう考えている間に符丹が話を始める。
「……取り敢えず必要な知識だけ叩き込むわ。何も知らないと仮定して話すから」
雰囲気に呑まれているのか紅さんは必死に頷く。ていうか、この人年上だよね……?
「……取り敢えずは夢童話。これは二つの意味を表すわ。
一、特殊な力の込められた童話
二、その童話により引き起こされる災害
……この二つを私達は夢童話と呼ぶわ」
「……まず、一の夢童話。これは本の形をしているわ。赤頭巾や灰かぶりの有名所からトゥルーデおばさん、千匹皮とか世にあまり知られていない童話まで夢童話には存在する」
紅さんはポカーンとしている。これ大丈夫かな?
もう一回とか言ったら、間違いなく符丹はキレるだろう。
だが、そんな紅さんの様子に気付いていないのか符丹は説明を続ける。
「……この夢童話はそれぞれに数があるの。例えば茨姫の場合十、千匹皮の場合は五っていう具合に」
「えっと、つまり三番の赤頭巾というのは、数あるうちの一つなんですね。二度目の赤頭巾……ずっと不思議だったんですよね」
案外理解していたようでボクはホッとする。
「……えぇ、その通りよ。それじゃ二の夢童話。……これは区別をするために、正夢童話と言われることもあるわ。その名の通り──」
「本の状態の夢童話が現実に影響を及ぼすんだよ」
割り込んでみたが凄い形相で睨まれる。
流石にボクも暇になるんだけど……。
「……まあ、いいわ。そして現実になった童話はいろいろな規模で不可思議な現象を巻き起こす。……それが夢童話による災害よ。──そして私達はそれを止める為に居るの」
そう言ってコーヒーに口をつける符丹。でも熱かったのか少しビクッとした後に、カップをちゃぶ台に戻す。
「……で、何故私達なのか。それはわかる?」
流石に喋るばかりは疲れるのか符丹は紅さんにそう言った。
「えっと、わたし達能力者はその不可思議な現象に対抗出来るから、ですかねぇ?」
自信なさげに言う紅さん。これくらいは自信満々に言ってもらいたい……。
「……能力者は保持者【バインダー】と言ってもらいたいけど……大体それで正解ね」
キレられなかったのに安堵したのか、見るからに脱力する紅さん。
この人、本当に大人なのか凄い気になる。
「……そして、保持者が能力を得る条件は一つ。正夢童話を読む事なの」
「確か、正夢童話にはクリア条件があってそれをクリアすると、本に戻るんですよね?」
その返事に符丹はほんの少し、良く見ないと分からないくらい微笑んだ。
「……そう。そしてその本を読むと、人は人じゃないものになるの。……貴方も運が悪かったわね」
そう言うと今度は口角を吊り上げ、ゾッとするような笑みを浮かべる。
「ヒッ……!?」
紅さんはその笑みにビビり、後ずさって壁にぶつかる。
その様子を見て満足したのか
「……もう帰りなさい。必要な情報は手に入れたし、貴方達は不要よ」
そう言われたのだった。
続く