白色赤頭巾ーー狼二十五匹
1.
ひとしきり雪見さんが笑った後、ボクは雪見家に関する情報を雪見さんから聞いた。
雪見さんの行方不明の父親──雪見 博さんが行方不明になったのは五年前ならしい。
とても家族思いで優しい父親だったらしく、その頃は家族も皆仲が良かったそうだ。
今思えばその頃から紅さんは良く家を留守にしていたらしく、紅さんが保持者になったのもそれくらいだったのだろうという結論に落ち着いた。
そうして博さんが行方不明になってからは、梅さんが荒れ紅さんはむしろかなり落ち着いていたらしい。
当日小学生だった雪見さんは、父親は遠いところから帰ってこられなくなったんだなと思ったくらいで、悲しむこともせず、ぼーっとしていたとの事だ。
恐らく役に立つ情報はそこまでだろう。それからは荒れたままに成長した梅さん、今まで通りに過ごし続けた紅さん。そして、事実を改めて受け止めても真っ直ぐに育った雪見さん。
それらが現在に至るまでの雪見家。
ボクはそれらの情報を吟味して、捏ねくり回して考えをまとめ、とりあえず出た答えを雪見さんに話してみる。
「博さんが生きてて夢童話に寄生された可能性は?」
「ないと思う。だって五年だよ?生きてても今頃終わっちゃってるんじゃない……?あんなに人殺しちゃうなら隠れてる事も無理だろうし」
それもそうかと、先程の考えを一蹴して考え直してみる。しかし、これといって何か思いつく事もなく、無情にも時間だけが過ぎていく。
「ねぇ?保持者って同じ童話の能力しか保持できないの?」
「いや、出来ない事はないよ。でも、普通は違う系統の能力を保持しようとすると喧嘩し合うというか……まあ、拒絶反応的なのが起こるんだよ。それで死んでしまう事が多い」
現にボクは二つの能力を身につけて死んだ人物を知っている。恐らく誰よりも知っているだろう。
「それにそもそも紅さんは同系統だからね、【石詰め赤頭巾】……ん?…………なんだし。同じ赤頭巾同士なんだったら問題はないよ。それに夢童話の寄生は保持者にも全然ありえる。同系統でも別系統でもね」
「今、ん?って言った!?なんでそこ自信なさげなの!?」
「いや、そうだったかなぁ……って思ってね。ボク記憶力には自信があるんだ」
「悪い方にだよね!」
ふぅ……と息をつく雪見さん。何をそんなに疲れることがあるのか、理解不能である。
それから『ハイエナ』と呼ばれる夢童話に関する死体の掃除屋を呼んだボクと雪見さんは、とりあえずその場を離れ魔女の家に向かった。
2.
魔女の家に戻ると、血塗れ怪我だらけのボクと雪見さんを見てマスターは少し驚きはしたが、流石は魔女の家の責任者と言ったところだろう、その後の行動は迅速だった。
体を綺麗にし怪我の手当てもされたボクと、雪見さんはマスターの正面に座り、起こった出来事について全て説明した。
その間マスターは黙っていた。守護者の話をした辺りでマスターは符丹がいない理由を理解したのだろう。しかし辛そうな表情をしながら、きっちりと最後まで聞ききった。
「ふにちゃんがねー……まー、なんだか嫌な予感はしてたんだけどー、まさかここまでとはー……」
相変わらず間延びしているせいで、あまり悲しそうではなく感じるが、恐らくマスターが一番悲しんでいるだろう。
マスターにとって、符丹は娘のようなものだったのだから。
「悪いけどー、少し席を外させてもらっていいかなー?一人で色々考えたいからー……」
そう言うと、席を立ったマスターをボクは引き止める。粘りつくように喉に絡んでくる空気をゆっくり吸い込み、ボクは意を決してマスターにお願いをする。
普通ならば、近しい人間が死んだことを聞いたばかりの人間にお願いなど、不躾もいいところだろう。
だが、今頼まなければならない、そうでなければ何もかもが手遅れになる。
ボクにはなんとなくだが、それが予感できた故に、マスターに迷惑をかけた。
「マスター、申し訳ないですけど調べてきて欲しいことがあるんです。流石にボクらでは調べてこれない距離なので……」
「うんー、いいよー。一人になれる時間が伸びたと思えばいいしー。それじゃ、地図用意して後で渡しにきてくれないかなー?」
「はい、わかりました」
それじゃー、後でねー──そう言ってマスターは魔女の家の奥に引っ込んで行ってしまう。恐らくマスターは、ボクの考えを汲み取ってくれたのだろう。
ボクを責めることもなく快く承諾してくれた。
それから話をして思い出したからか、魔女の家の空気は湿っぽく暗く重いものに支配されていた。
しかし、こんなところで燻っているわけにはいかない。
なんらかの策を講じなければ、被害者は増えていくのだ。
そう考えている間にも時計はしっかりと、時を刻み続ける。その音だけが鳴り響く部屋の中、先に静寂を打ち破り口を開いたのは雪見さんだった。
「なんで私は襲われないんだろ?」
「そうだね……そこも謎の一つだよ。考えられるのは紅さんと梅さんのどちらかが、今回の中心である事を自覚して守護者を操っている可能性だよ」
「えっ?そんな事出来るの……?」
夢童話を災害のようなものだと思っていたのだろう。目を見開き驚く雪見さんにボクは苦笑いをしながら説明する。
「守護者は適当に動いてる訳じゃないからね。守護者は夢童話が寄生した人物の欲望や、目的の為に動く。そういうものなのさ。だから正確には自覚していなくても、守護者は寄生元の無自覚な命令に従い続ける」
つまり、今回の守護者は恐らく雪見家の人間を巻き込まないようにするような、そんな命令を受けているのだろう。
「なら、次にあれが襲ってきても私が壁に──」
「ダメだッ!それは認められない……ッ!」
しかし、それとて寄生元の意識次第だ。夢童話の力に充てられて、精神が壊れてしまえばその命令を失ってしまう可能性が高い。
そして精神の壊れるタイミングなど誰も分からない。
もし、それに気付けなかった場合、の事も考えるとあまりにもリスクが高すぎた。
「な、なんだかごめんなさい……攻撃してこないから大丈夫かなって……そう思っただけなの」
しゅんと落ち込んでしまう雪見さんを見て
「ぶっ、はははははは」
ボクは思いっきり笑った。
急に笑い出したボクを見て、きょとんとしていた雪見さんだが、状況を理解したのだろう、顔を真っ赤にしながらボクを殴りつけてくる。
「なんで笑うの!滅茶苦茶反省してたのに……!」
随分ご立腹なのか、殴る手のグーの指の中の何本かは、関節を突き出させて威力を倍増させている。
てか、痛い。地味痛い、凄く痛い。
「わ、わかったから尖らせて殴るのやめ……っ」
しかしそのお願いは聞き入れられずに、その後数分間殴られ続けたのだった。
そして殴り終えた雪見さんは、話しかけづらくなったのか、また黙り始めてしまった。
怒らせたのはボクだけどどうしたものかと、考えてまた時間を無駄に浪費してしまう。
よく考えればボク達はこんな事をしている場合ではないのだ。そう思った瞬間──
「お母さんと話をしよう……!」
唐突にそんな提案を大声でした雪見さん。
そうしてボクは再び雪見家を訪れる事となった。