白色赤頭巾――狼二十四匹
しん……と、静まった公園。
そこにはもう、どうしようもないくらいに弱く、悪になりきれなかったボクの姿はなかった。
その瞳には明確な意志が宿り、弱そうな雰囲気は霧散しているだろう。
錆だらけの鈍刀から、鋭く鋭利な名刀へと変わっている――そんな感じだ。
「雪見さん。ボクの話はどこまで覚えてる?」
ボクは雪見さんに、必要な情報が備わっているか確認する。
だが、殆ど聞いていなかったのだろう。彼女は首を傾げ、ハッとしたような表情を浮かべ慌てて言った。
「だ、大丈夫!聞いてた!聞いてたよ!あれだよね!あれ!」
全く聞いてなかったのを丸出しにした、アホみたいな返答が返ってきて、ボクは大きく溜息を吐く。
多少は聞かれても分からない会話。
だが、最初から聞かれると広まる可能性もある。
ボクは周りを警戒しながら、雪見さんに夢童話の事を説明する。
彼女は、最初の方は信じていなかったのだろう。
だが、話しを聞くにつれてその顔は真剣になり、同時に何かに気づき始めたようだ。
「――そして、これらの事件に紅さんが関わってる。いや、今回の夢童話……これには雪見家の誰かが関わっている」
息を呑む音が聞こえる。
それもそうだろう。自身や家族がそんな事件に巻き込まれているだなんて、突然聞かされて驚かない方がどうかしている。
まるで雰囲気を出そうとしているのか、周囲の木々はざわざわ音を立てて揺れる。
「……そっか。お母さんと梔君は頑張ってくれてたんだね。教えてくれてありがとう」
彼女は――雪見さんは強かった。
ボクとは比べ物にならないくらいに強く、そしてその澄んだ瞳は彼女が純粋で、自分に正直な事を物語っていた。
(はは……眩しいなぁ……)
けして届かないものを見たような、そんな気がした。
「それと、これは梔君だけに……ありがとう」
そう言いながら、太陽のようなその眩しさで、温かい笑みを浮かべる雪見さん。
その場の雰囲気から、粘着く重いものがなくなったかのように、体が軽くなったような気がする。
「って、なんでボクはお礼?」
ボクは、お礼を言われるようなことをした覚えはない。
むしろ責められたり、こっちがお礼を言ったりするような事しか思い浮かばない。
「だって、私が狼を操ってる可能性もあるし、むしろ高いくらいでしょ?なのに話してくれたって事は、私を信じてくれたんだよね」
これまた、素晴らしい笑顔で仰る雪見さん。
しかし、ボクとしては
(すっかり忘れてたよ……どうすんのこれ)
とても気まずい。
何より、そんなボクの内心に気付いていない雪見さんの視線が痛い。
恐らく、守護者につけられた傷より痛い。
「あー……うん。なんていうかさ、あれだよ……うん」
言い訳の言葉を探そうとするが、なんかそういう妖怪にでも隠されたかのように、言葉が見つからない。
謎の妖怪め……許さん。
「あっ……!ほら、もし雪見さんが守護者を操るような立場としたら、さっきまでのボクを狙わないのはおかしいだろう?」
なんとか思いついた事を言い訳にする。
背中なんかは汗でべっとりである。勿論冷や汗。
だが、雪見さんは嘘に全く気付いていないようだ。
「成程!梔君って頭がいいんだ。分かるもんなんだね……でも私が操られてたりする可能性もある訳でしょう?」
首を傾げ、そこんところは?と、視線で問いかける雪見さん。
「いやぁぁぁぁもう追い詰めないでぇぇぇ」
ボクは耐えきれずに、顔を両手の掌で隠し叫び散らした。
その時、雪見さんとたまたま近くを通りかかった人にビクッと怯えられる。
「えっと……と、とりあえず私は何をすればいいのかな?」
気を使ったのか、デリケートなものを扱うかのように、深くは聞かずに自分のすべき事を聞いてくる。
「そうだね……紅さんと梅さんについて教えてくれないかい?」
「お姉ちゃんとお母さん?良いけど、そんなの役に立つの?」
「情報収集は基本だよ」
ボクはそう言い、聞きに徹する準備をする。
どうって事ない情報も、時には重要な手がかりになる――それが分かっているからこその準備である。そもそも怪しい人物には、既にいくつかの仕込みはしているし。
「その前に一つ聞きたいんだけど……梔君は助けてくれるんだよね?」
そこへよく意図の掴めない質問。だがこれに対する返事なんて決まってる。
「人は勝手に助かる……なんてボクは言わない。だけど、ボクに出来るのは道を示す事までだ――ボクにはけして人は救えない。救われるのは――信じた者のみさ」
それを聞いた雪見さんはポカンとした後、大笑いしたのだった――
――続く