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白灰童話  作者: 七罪愛
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白色赤頭巾――狼二十三匹

「梔君……私の気持ち分かる?さっき勝手に決めつけてたけどさ……そういうのはやめて。実は私、符丹ちゃんとは少し話したの……と言うより寝言を聞いただけなんだけど、とりあえず話を聞いたの――」


そう言う彼女は何処か悲しげで、そして、ボクの中にいる大切な少女の姿と――ひどく酷似していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私さ、符丹ちゃんが最初に言ったことに凄く驚いたの。梔君は符丹ちゃんがなんて言ったか分かる?」

雪見さんはボクの瞳を覗き、真摯な顔付きで問う。

符丹が言う事。そんな事分かるはずがない。

会う度に揉め、お互いに啀み合う。

ボクと符丹の関係はそんなものだったのだ。


「……しー兄、ごめんなさい……誰かしー兄を助けて」


雪見さんは、符丹の口調を真似ていう。はっきり言って似てないけど、ボクにはまるで符丹が口にしたかのように聞こえた。


「分かる……?私ね、この言葉を聞かなかったら、絶対に引き返したりしなかった」


その言葉に偽りがない事は、確認を取るまでもなく分かる。

ボクは大丈夫と言った。それなのに……?

「ちょっと待ってよ……嘘はやめてくれ。符丹が……ボクが守護者(ガーディアン)と戦ってる事を符丹が知ってるわけないじゃないか!!」

そう、そこだ。今のセリフは明らかにおかしい。

【羽化】の代償。その体力の回復の為の睡眠が、そんなに早く終わる訳ないのだ。

能力の代償や条件が無視できる筈がないのだから。それに符丹は雪見さんが来るよりも前から意識がなかった筈なのだから──

「うん、私も驚いたの。そもそも梔君以外の誰かが居るって分からないと、助けなんて呼べないし」

人間の本能っていうのかな?凄いよね、と目を伏せながら彼女は力なく笑う。

「やめて……符丹がそんな……」

ボクは声を震わせながらも絞り出す。

「やめないよ。梔君は分かってない。強がる必要なんて――ない」

「強がってなんかないッ!!これがボクだッ!!他人より大事なのが自分で悪いかッ!!」

溢れ出す感情を抑える事もせずにボクは当り散らす。

だが、それすら受け容れるような。そんな瞳をボクに向ける。


「なんで梔君はそこまで『悪役』に徹しようとするのかな?」


徹しようとしてるんじゃない。悪なんだ。


「なんで救えないと思うのかな?」


なんで?そんなの決まってる。ボクは主人公(ヒーロー)みたいにはなれない。


「なんでそれで自分を責めるのかな?」


人を追い詰めて平然としている人間が、責められなくてどうする?


「『悪役』なら責める必要なんてない。梔君のは――偽悪ですらない」


「やめろぉぉぉぉぉッ!!何がいいてぇんだよテメェェェッ!!逆に誰が救われたって?ボクが誰救ったんだよ?いい加減な事言うなぁぁぁぁッ!!」

絶叫。もはや、叫ぶしか出来ない。

今まで見ずに無視し続けていた事。

そこを突かれ、もはやボクには手札がない。

だが、雪見さんは容赦しない。

まるで今までのボクを見ているようだ。

そして、雪見さんは諦めたのか、もう言うことは終わったのか、静かになる。

「無責任な事言わないで……雪見さんなんかにボクの気持ちが――」


「……しー兄は救えない事なんてない。私は救われた……しー兄は約束を守ってくれた」


雪見さんはまた符丹の真似をする。

『約束』――その言葉を聞いてボクは乾いた笑みを浮かべる。


「なんでそんな約束覚えてるかなぁ……」


そしてボクは符丹と出会ったばかりの約束の事を思い出す――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


大事な人達が凄惨な事件に巻き込まれ、その事件が決着したしばらく後の事だ。

ボクは荒れていた。

マスターというストッパーも役に立たず、ボクはひたすらに荒れ、初めて関わる自分以外の正夢童話(イグジステンス)――【ヘンゼルとグレーテル】を最悪のバッドエンドに向かわせた。


そしてその時に壊れた少女。

彼女の親しい人は誰一人として彼女を覚えていない。

彼女は一人だった。

助かった筈なのに、暗い顔をしてマスターに世話をされる彼女はまるで人形。

生きる気力が感じられない――どころではなかった。


ボクはマスターの留守中、その黒い女の子に近寄って問い掛けた。

「君、自分が不幸とか思ってんの?巫山戯ないでよね。君くらいの不幸なんて、この世の中には溢れてる」

意地悪のつもりでボクはそう言った。ボクより小さい女の子にだ。

今思えば、我ながら最低だった。

だが、その黒い少女は


「……思ってなんかないの。ごめんさい……お兄さんの方がずっと不幸だったんだよね」


そう言って涙を流した。

そもそも返事をされるなんて思ってなかったボクは、大いに狼狽えた。

「一人って寂しい?」

だが、その頃のボクは無神経さに拍車をかけていたようで、遠慮なんて言葉は眼中になし。

しかし、しかし、それでも符丹は怒らなかった。

ただただ泣くだけ。けしてボクを責めなかった。

「……寂しい。お兄さんは甘えてるって思うかもしれないけど……私は寂しい……」

ボロボロと次々に涙を零す彼女を見たボクの心に、その時初めて罪悪感というものが芽生え、同時に隠していた自分自身の寂しさが溢れていた。

そして、何をとち狂ったのかボクは少女の顔を見つめて言った。


「なら、ボクは君のお兄さんだ。今日から君はボクの家族。梔死人……それがボクの名前だから好きに呼ぶといいよ。兄であるボクは君を裏切らない」


その言葉に偽りなどなかった。

悔いていた事への償いでもなく、同情でもなく、ちゃんとした自分の意思でその言葉を口にしたのだ。

今までの態度から、そんな言葉をかけられるとは思っていなかったのだろう。

黒衣の少女はその闇のような瞳を大きく見開き、その意味を理解した瞬間、先程より涙を流し言う。


「……ならね、しー兄って呼んでいい?私は望月符丹だから……私も、何があってもしー兄の妹だよ……?」


こうしてボクと符丹は打ち解け、一つの約束を交わしたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「『……でも、しー兄。本当は、しー兄も寂しかったんだよね?私分かってるから……絶対離れないからね……』――か、すっかり忘れちゃってたね。だって、しー兄って呼び方もいつの間にかなくなっちゃってたしさ……あはは……」

一通り思い出した。何故、こんな大事な事を忘れていたのだろう?

ボクと符丹の仲は、他人なんかじゃなかったじゃないか。

木々はこの現実を悲しむかのようにざわつき、ボクの心を悲しみで満たす。


「……あああぁぁぁぁぁ……約束守れなかったじゃないか……チクショォォォォォォッ!!」


ボクは泣いた。格好悪く、無様に、滑稽に――泣き続けた。

そんなボクの痛ましい悲鳴を聞いてか、雪見さんはボクの背中をさすりながら、静かに泣いていた。


そうして、泣き終えたその時、ボクと雪見さんはやっと前を向き、動き始めるのだった。


――続く

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