白色赤頭巾――狼二十一匹
狼人間が去った後、雪見さんに肩を借り歩くボク。
歩きづらさなど感じないのは、けして僕の身長が低いからではなく、なんていうか……揺るがぬ事実の問題だ。訳が分らない。
閑話休題。
とりあえずボクは、気になっていたことを雪見さんに聞いてみる。
「そういえばなんで戻ってきたの?それに符丹は?」
そこで、何かやましい事でもあるかのように、あからさまに目を逸らす雪見さん。
この人、絶対隠し事とか出来ないタイプの人だ。
「うんっと……なんていうか……その……なんかヤバそうな雰囲気だったから……」
蚊の羽音のように小さく、もごもごとこもった声で喋る。
聞き取れないヨ……
「来たのはまぁ……助かったから良いんだけどさ?符丹は本当、どうしたの?」
最優先事項から聞くのは、話の鉄則。
ボクはボクの教えに従う。師匠とかいないし。
「え、ええっと……うんと、ここら辺に凄い廃れた公園があるから、そこの木陰に休ませといた」
おどおどしながらも、今度はちゃんと聞こえる声で言う雪見さん。
やれば出来る子だったか。
「なら良いんだけどさ……本当に大丈夫だよね?」
一応念を押して聞くボク。それに対し、雪見さんは首が取れてしまうんじゃないかと、心配になるほど首を縦に振る。
そこまで必死になるような聞き方は、してないはずなんだけど。
「なら、後は一つか……なんで雪見さんはあの狼人間を操れる……いや、狼人間に怯えなかったの?」
ここだ。
戻ってきた事でも、符丹を置いてきた事でもなく、一番不自然で不可解な事。
普通の人間があんなものを見て、普通で居られるだなんて異常ではないか。
「なんていうか……頭の中がパッて!!」
「うん、アホの子か」
どうやら、ボクの考えすぎだったようだ。そもそも嘘を付けない性格の雪見さんだもんな。
「アホの子じゃない!相変わらず失礼なんだから!!命の恩人でしょ!」
「アリガトウゴザイマシタ」
「カタコト!?」
さて、アホの会話はこれくらいにしておいて、ボクは少し考える。
もし、雪見さんが何かをしたのでなければ、狼人間は自分の意思で動いた事になる。
そして、狼人間には雪見さんには手を出せないような何かがある。そうなるのだ。
(元々狙われてたのはボクか符丹ってことか……面倒な事になったな)
「ん?ちょっと待てよ……ボクか符丹……?」
今、何かが引っかかった。何かは分からない。
だが、事の真相に関わる何かであり、魚の子骨が喉に引っかかった程度である事も――分かる。
「同時に嫌な予感もしちゃう……フラグっぽいけど」
「えっ?どうゆうこと?」
何も分かっていないのだろう。呑気に聞いてくる雪見さん。
しかし、ボクとて何かは分かっていないのだ。
「ふぅん……梔君は助かったのに考え過ぎじゃない?だってあ、あの怪獣はに、逃げてったわけだし……」
思い出して今更怖くなってきたのか、ブルりと震え声も震わせ言う雪見さん。
ちょっと待て――ボクは助かった。
なら、何故ボクは助かった?それは雪見さんが来たからではないか?
そして守護者が〝あの場を去ってからどれ程の時間が過ぎた〟?
「雪見さん……?符丹は人気の少ない木陰に置いてきたんだよね……?」
「うん、あんな血だらけの状態じゃ、目立つところには置けないし……」
重い雰囲気には気づいたのだろう。雪見さんの言葉は徐々に力ないものになっていく。
「つまり……符丹が襲われても誰も気付かない……?」
ボクはさっきから出ていた答えを口にする。
雪見さんを逃がしたから、ボクは守護者と戦った。
だが、雪見さんが戻ってきたから守護者は逃げた。
しかし、それは本当に逃げたのだろうか?
否、狩りやすいものを狩りに行った――その可能性も高いのだ。
口内に少し酸味が広がる。油断すると戻しそうな程に、胃がキリキリする。
「雪見さん……急いでいいかい?」
「梔君が大丈夫なら」
お互いに確認し、ボクは怪我にさわらない程度に。雪見さんはボクに合わせて走る。
不穏な空気が立ちこめ、粘着くような重い空気が喉を焼く。
澱んでいるのが分かる気すらしてくる。錯覚に決まっているが。
「ここら辺のはずなんだけど……」
公園に着いた雪見さんは一目散に茂みに入っていく。
ボクは腕が折れているから、雪見さんが符丹を連れて出てくるのを待つ。
その時、ボクはチラリと公園の片隅の遊具を眺める。
そこにあったのは滑り台。
だが、何故だろう?頂上の左右の柵、又は手摺とも言うべきその場所、そこが紅く染まっている。
そして、頂上に落ちているそれ自体はよく目にするもの。
しかし、そこに落ちているには不自然なものではないのか?
ボクは認めたくなくて、確認するためにヨロヨロと滑り台に近づく。
幻覚であってくれ、そう何度も心のうちで願う。
そして、かなり近づき顔を上げると目と眼が合う。
持ち主の居ない眼球と。その瞳はまるで闇を呑み込んだかのように黒い。
「嘘だろ……?そんな……ハハッ……〝まだ目だけじゃないか〟」
目だけじゃないか?目をくり抜かれた人間が、それ以上何かをされていないと期待しているのだろうか?
ショック死していないと期待しているのだろうか?
そもそも、他の部位が周りに存在しないのに、生きているなどと言えるのだろうか?
ボクは視界を――その光景から背ける様に、更に隅を見る。
子供会にでも使われているのかいないのか、公園の中に建っている建物。その後ろに足が見えた。
まるで仰向きに寝ているかのような足。
「符丹……符丹……!!」
ボクはそこに駆け寄る。
まだ、何とかなるかもしれない。
生きているかもしれない。そう思っての行動だった。
(そんな訳ないだろう。守護者は加減しない)
「やめろ……」力なく呟き
(心無い言葉を浴びせるくらい、嫌っていたんだろ?嗤えよ)
「やめてくれ……」懇願し
(これで、人殺しと居なくて済むじゃないか。自分の手は汚さずに)
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」絶叫する。
そこに転がっていたのは、文字通りの足で、脚だった。
太ももから先……それだけが血溜まりにたゆたう様に、静かに浮かんでいた。
否、それは違う。
足だけじゃない――様々な部位が、獣に食い散らかされたかのように――血溜まりに浮かんでいる。
元々病的に白かった彼女の肌は、血が抜けた事により更に白くなり、そして鮮やかな紅色と並び黒に劣らず強調される。
その頭は眠ったまま、上半分は存在せず脳症が荒らされ掻き出され、垂れ流されている。
現実味がなく、まるで夢――幻覚を見ているようだ。
「ぐっ……うああぁぁぁあッ……あぁぁぁぁぁ……」
ボクは叫ぶ。また救えない。また救われない。また――ボクの所為だ。
ボクの叫びを聞いて、走ってきた雪見さんが息を呑む音すら、この世のものでないかのような錯覚に陥る。
そこには元々望月符丹と呼ばれていた人間の、変わり果てた姿が晒されていたのであった――
――続く