白色赤頭巾――狼十九匹
「血より先に胸なんだね」
「うるさいっ!!」
とても緊張感のない会話だった。
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「……という訳なんだけど」
ボクは騒ぐ彼女を宥め、色々な事情を誤魔化しながら説明し終えた。
「えっと……それで私に何をしろと?」
「うーん……ちょっとその羽織を貸してもらっていいかな?ボクが符丹を背負うからその上から掛けてもらう感じで」
ボクはそう言いながら符丹を背負う。
その体はまるで死んでしまったかのように冷たい。
「もう結構固まっちゃってるから、汚れはしないと思うしいいかな?」
最後にもう一度確認し、雪見さんは白い髪を揺らしそれに頷く。
「その……符丹ちゃんは大丈夫なの?」
この二人、面識はないはずだが気になるのだろう。
雪見さんは心配そうに言う。
「あぁ、大丈夫だよ。ちょっと怪我しちゃってるけど、これくらいは魔女の家に戻ればマスターが治してくれるから」
よく考えると、このレベルの怪我を治すのは凄い事のような気もするが、雪見さんには傷を見せた訳じゃない。大丈夫。
「それより雪見さんは探してた物はいいの?」
それを聞いた瞬間、雪見さんはギクッという効果音が似合いそうなリアクションをとる。
頬引き攣ってるし……
「あ、あのね……それが、話聞いてる時に何気なくポケット探ったら入ってたっていうか……」
気まずそうに目を逸らす雪見さん。
「あのさ、なんていうか……雪見さんってアホ?」
「アホじゃない!!なんでそんな失礼な事面と向かって言えるの!?」
非常に怒ったかのようなリアクション。
「いや、むしろ人と話す時は本音で語りたくないかい?『本音で語って仲間割れ』これがボクの座右の銘だから」
ボクは誇らしげに胸を張る。
だが、そんなボクをやれやれとオーバーリアクションしながら雪見さんは溜息を吐く。
「梔君って友達居ないでしょ?」
その言葉は刃物よりも鋭く、ボクの心に深く突き刺さる。
ボクに友達が少ない……?
「そそそそそそそんな事ある訳ないじゃないかっ」
動揺を完璧に隠しきり、なんとか平常心をキープする。
だが、何故だろう。雪見さんの視線が、一気に可哀想な子を見るような目にチェンジした気がする。
「まあ、ほら、ボクの友達なんかどうでもいいからさ。で、結局何を探してたの?」
「これなんだけど……」
「……髪留め?」
目の前に差し出されたのは小さな髪留め。
真っ赤な林檎の装飾が付いているだけのシンプルなものだ。
「大事な貰い物だから。なくしたくなかったの」
どこか寂しそうに言う雪見さん。だが、大体は予想できる。
「お父さんから、でしょ?」
雪見さんは驚き、そして納得したような表情をし話し出す。
「家の様子で気付いたんでしょ?少ない事じゃないと思うけど、お父さんが居ないのくらい気付けただろうし……」
そう、雪見家にお邪魔した時、そこには父親が居る形跡が何もなかったのだ。
仕事に出ていたとしても、何らかの物などはある筈だろう。
だがそれが全くない。
出稼ぎという可能性も否定は出来ないが、紅さんの言い方も含めて考えればその可能性もなくなる。
「お父さん私が小さい頃に行方不明になっちゃったから。それを不幸だって思った事はないんだけどね」
数年前に行方不明。
その言葉は遠回しに死を暗示しているようにも聞こえた。
「今はお母さんやお姉ちゃんが良くしてくれるから、全然大丈夫だけどね。でもお父さんの事忘れちゃ嫌だから、その為に髪留めは肌身離さず持ってる事にしてるの」
暗い雰囲気に慣れていないのか、雪見さんは照れたように笑いながら付け足す。
ボクはその雪見さんの様子を見て、一つ心に決める。
「雪見さん。大事な話があるんだ。魔女の家っていうカフェに着いたら時間の許す限り――」
そこまで言ったその時だった。
低い唸り声。
忍び寄る不気味な気配。
そして、鉄サビのような濃厚な血の臭い。
「……雪見さん。符丹を背負ってここまで行けるかい?」
ボクはもしもの時の為に持っていた、魔女の家までの地図を雪見さんに渡す。
「大丈夫だと思うけど……どうしたの?」
雪見さんはまだ気付いていないのだろう。首を傾げボクの顔をのぞき込んでくる。
「…………ッ!!」
そのボクの顔が険しく、真剣、そして恐ろしい形相だったのか雪見さんが息を呑む。
「いい?今からここに災厄がやってくる。だから、雪見さんは符丹を背負ってそこまで逃げて」
ボクは手短にするべき事を伝える。
「梔君は……?」
ははっ……やっぱりそう来たか。これへの回答なんて用意済み。
「そんなの決まってるよ――狼狩りさ」
――続く