白色赤頭巾――狼十七匹
とても残酷な描写があると思います。気をつけたください
体育館で鳴るゴムの擦れる高い音。
鉄と鉄同士が打ち合う甲高い音。
人間二人分の荒い息の音。
袈裟がけに振られた一撃をいなし、駒のように回り頭に向かって振る。
それをしゃがみ込んで回避し足払い。だが縄跳びのように跳躍し避けられる。
肩で息をする二人だが、お互い一瞬たりとも気を抜かない。
否、抜けないのだ。
(符丹が怪我を負ってるとはいえ、玖珂森淀魅……強いな)
ボクは玖珂森をそう評価する。
正直幻術なしでここまでやるとは思っていなかった、それどころか符丹を少しずつ圧倒しているのだ。
武器が鉄パイプよりしっかりとしたものだと、もっと強い――そう思わせる程の動きを魅せる。
(それに対して符丹は……ヤバイな)
琥珀色の瞳は黒く澱み、背中の傷口から少しずつ血が滲み出す。
そのうえ顔面蒼白……なのは元々だが、その顔色は死人のような……のも元からだった。
取りあえずやばかった。
「……ふんッ」
玖珂森は容赦なく重い攻撃を繰り出す。
だが、その攻撃を覚束無い足取りで避けながら符丹は笑っている。
先程からずっと。
「クッ……なんなんですかッ!!」
また一発、強く鋭い一撃を振るう。
それを符丹は分かっていたかのように――潜った。
そして無防備な腹にデスペアを突き出す。
だが、その一瞬を理解できずに振り切ったその勢いに引っ張られる形で、玖珂森がバランスを崩し奇跡的に回避する。
符丹もこれには驚いたのだろう。
笑みが驚愕に染まる。
その隙を利用し、玖珂森は符丹から距離をとる。
「あら、逃げちゃうの?つまらないわ。もっと虐めて上げるから来なさいよ、うふふっ……」
どこか焦点の合っていない瞳。
だが符丹は笑う。
薄気味悪い程に笑い。寒気を感じさせる程笑い。愚かなものを見るかのように――嗤う。
その笑いが玖珂森の何かに触れたのだろう。
「その目で……そんな眼で俺を見るなぁァァァァァッ!!」
玖珂森の本気の踏み込みによる本気の一撃。
それがいけなかった。
そもそも、何故怪我をしているのに少ししか動きが鈍っていなかった符丹と打ち合えていたのか?
何故、符丹は笑い続けているのか?
何故〝いつの間にか符丹の後ろに真澄が入っているハズのペチカがあるのか〟
玖珂森の最大であり、最後のミス。
符丹はその瞬間、今までの張り付かていただけの笑みではなく、美しく――凄惨で狡猾な笑みを浮かべる。
「うぉぉぉぉぉぉッ!!」
下から上に救い上げるような一撃。
符丹はそれを上から弾こうとする。
だが、握りが甘かったのだろう。
キンッと鋭い音と共にはじき飛ばされる。
「これで終わりだぁぁぁあ!!」
そう叫び鉄パイプを振りかぶる玖珂森。
だが
「えぇ、貴方の妹が……ね?」
見てみなさいという事だろう。符丹は頭上を指す。
そこには〝はじき飛ばされたデスペア〟が回転しながら、重力に引かれ落ち始めている、そんな光景が展開されていた。
そしてその落下先は――ペチカ
「真澄ぃぃぃぃ!!」
我に返った玖珂森は走る。だが、既にデスペアは取っ手間近。
「……Good night」
鉄と鉄がぶつかる音
今日何度も聞いた音
だが、今回はそれだけではない。
音が響いた瞬間――荒れ狂う熱の奔流が訪れ、固く閉ざされた窯の中からは、まるでヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女の叫びのような――そんな断末魔が響いた。
そして、その光景を寸前で阻止出来ずに動けなくなり、呆然と立ち尽くす玖珂森の後頭部に――白黒の悪魔が絶望を振りおろした――
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ピチャッ
「……ご…………い」
グチャッ
「…………なさ……」
ガリッ
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ボクは耳を塞ぎたくなった。
熱の引いた体育館。ペチカは燃やし尽くし、満足したのか遺体も吐き出さずに土に還った。
それ故に、この場に残されたのはボクと符丹と――ただの肉塊だった。
元々は玖珂森淀魅と呼ばれる人間だった肉塊。
それの眼球を刳り貫き、指を腸詰めのように噛み切り、血を啜り懺悔しながら符丹は喰らう。
死体なんて見たくない。勿論食人も。
だがボクにはしなければならない事がある。
「……符丹」
名前を呼ぶと、それは普段の様子からは考えられない程怯えボクを見る。
口は血に濡れ、まるで口紅を塗ったかのようだ。
「お前は最低だ。人間を一人殺したんだ。しかもそれを食べる?死者を尚苦しめるのか?巫山戯るな、気持ち悪い、泣くならやめろ、キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい……この人殺し」
思った事を、早口で捲し立てる。
現実を突きつける。
けして救わない。
冷たく突き放す。
「……あっ……あっ……」
縋る様に見つめ、手を伸ばしてくる。
だが、ボクはそれを叩きのける。
「縋るな気持ち悪い……泣くならなんで食べる?共食いは全部食べろとは言ってない」
ボクに手を叩かれ目を丸くしているそれに言う。
「……私が、殺した……食べ、るために……なら、ちゃんと食べない、と……でも違、う……私は、悪くない……仕方な、いの……ちゃん、と謝る…だから、だから……」
「……許して」
「そんなもん御免だ。都合良すぎるんだよ、人殺しの食人鬼」
ボクがそう言うのと同時に、符丹は力尽きるように崩れ落ちた。