白色赤頭巾――狼十五匹
「夢童話十一番『ヘンゼルとグレーテル』のルールに則り」
「……〝人喰い〟の物語を紡ぎましょう」
そうか、夢童話ってノンイグジステンスって言うのか、カッコイイな、次からこれ使うか。
ボクはそんな事を考えた。
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ゴムが擦れる音に、その時に生じたであろうゴムの焦げるような匂い。
玖珂森と符丹は既に、二桁は打ち合っただろう。
鉄パイプと火かき棒がぶつかる度に、高い音を奏でてまるで何かの楽器のようだ。
そして実力の差は見ての通りだった。
「……その程度?」
符丹は無表情で玖珂森の顔を見つめる。
あの引きこもりが息一つ乱さずに。
「……その、程度とは……言って、くれます……ね」
それに比べて、玖珂森は疲労困憊と言っても過言ではないレベルで疲れている。
まだ、ダメージは負っていないようだが、きっちり着込んでいた制服も所々解れている。
ボクには戦闘の心得とかはないが、そんな素人目から見ても実力の差は一目瞭然。
符丹の戦いを初めて見るボクとしては、一目唖然という感じである。
だが、そんな状態でも玖珂森は笑みを浮かべている。
追い詰められて可笑しくなった訳でも、笑っていれば幸運が舞い込んでくると思っている訳でもない、そんな笑みだ。
(ここから逆転出来るような能力……って訳かな?)
ボクは一人考察し、対策を考える。
(戦闘への介入はなしでも、アドバイスは無しだとは言われてないしね)
口出しも介入だと言われたらおしまいだが、恐らく言われないだろう。
そして、あの言い回しからして相手の考えている事も予想できる。
玖珂森は「僕達」と言った。
一人称が違ったのはこの際スルーするとしても、あっちは明らかに複数人で挑んでくるつもりだ。
符丹も勘は鋭い。気付いていて、了承したのだったら対策の一つや二つならあるのだろう。
なら、やはりボクが考えるべきは相手の能力。
だが、それを考えている間にも符丹と玖珂森の打ち合いは激しくなり、相変わらず玖珂森は劣勢。
そんな玖珂森を容赦なく符丹は攻め続ける。
綺麗な銀色に装飾された火かき棒は、光を弾き宙にその軌道を刻む。
銀の剣閃に黒ずくめの少女……その光景はまさに幻想的。
その光景に見とれた訳ではないだろうが、玖珂森の動きが鈍り転ける。
そんな大きな隙を見逃すわけもなく、符丹は火かき棒を振りかぶり――足首を見て顔を顰める。
符丹の足首には、八本足の軟体動物の足のような触手が巻き付いていた。
「【幻惑の家】……危ない危ない。発動遅かったら死んでましたよ、俺」
玖珂森はへらへら笑いながらそう言うと、すくっと立ち上がる。
それとほぼ同時に、体育倉庫だろう所から伸びていた触手がうねり持ち上がる。
軽かったのが悪かったのだろう、符丹は片足に巻き付いている宙吊りにされてしまう。
そして、勿論符丹はスカートで、驚きの所為で押さえるのが少し遅れた。
「ふむふむ……そこまで黒にするか。似合わぬ……」
ボクは見たままの感想を呟く……が、符丹に物凄い目で睨まれる。
(それにしても玖珂森……敵ながらあっぱれ)
今度は口に出さずに、思うだけに止める。
男のロマ……はさて置き、玖珂森の行動はボクにあっぱれと言わしめる程のものだった。
符丹はスカートを押さえる為に、唯一の武器であった火かき棒を手放した。
咄嗟の行動というのはどうしようもない……と言っても致命的だろう。
「さて……やってくれましたね。思う存分仕返しさせてもらいますよ?」
そう言いながら符丹の元に近付いて行く玖珂森。
その手には勿論、鉄パイプが握られている。
獲物を追い詰めた獣の目……獰猛な笑みを浮かべ玖珂森は鉄パイプを振りかぶる。
「……【絶望は窯の中】」
玖珂森は振り切ったままのポーズで目を見張る。
そう、振り切ったのだ。
だが、鉄パイプは符丹を捉えていなかった。
何故?それは振る前より〝短くなっていた〟
その切っ先はまるで溶接されたかの様になっている。溶けかけのアイスのようにも見える。
そして何もなかったはずの符丹の小さな手――そこには取り落とされモノとは別の火かき棒が握られていた。
先程までの火かき棒とは違い、装飾は金。
鋭さは先程までのものとは、比べ物にならないくらいするどい。
符丹はその火かき棒を振るい、触手を斬り開放され、玖珂森を見つめる。
「やりますね……それがあんたの能力ですか」
「……私は今の屈辱を忘れない」
お互い口々に感想を述べ、符丹は火かき棒を握り直し、玖珂森は新たな鉄パイプに手を伸ばす。
玖珂森の手が鉄パイプに届く寸前、符丹はその手を踏み付け――微笑む。
「……再起不能にしてあげるわ」
そう言う符丹の口から、紅い液体が一筋流れる。
「しまっ――」
ボクは自分の失敗を呪った。
そしてそれと同時に、違和感と痛みを感じたのだろう、符丹は背後に振り返り背中を見ようとする。
そこには小さな少女。その手には無骨なナイフが握られているおり、そのナイフは骨と骨の隙間を縫うようにして、符丹の背中に刺さっている。
ボクは散々警戒していたはずの、伏兵を見逃していたのだ。
「これで良いの?お兄ちゃん?ワタシやったよ??褒めて褒めて!!」
少女はナイフを引き抜き、その血塗られた顔に笑みを浮かべ、玖珂森にそう言ったのだった。
――続く