一話 始まりの話
プロローグ
帰る場所はどこだろうか? 何らかの事情がなければ、大抵の人は住んでいる家と答えるだろう。高校生ならば、家族のいる家になるだろう。
少なくとも鳴海恭介はそうだった。
恭介の家では父と母は仕事で月に数度しか家に帰ってこなかった。しかし、両親が帰ってくれば愛情をもっていろいろな事を教えてもらっていた。それに普段、家には優しい姉と少し喧しい妹が居て、寂しい思いをすることはなかったし、なにより恭介は生まれたときから一緒にいた家族が好きだった。
だから、高校一年に上がった恭介にとって、帰る場所は家族がいる家だった。
もし、何らかしらの理由によって、遠くに行ったとして恭介は家に帰るだろう。たとえそれが異世界であったとしても。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「今日は部活見学に行くのか? 恭介。もし行くんなら軽音部行こうぜ」
ホームルームも終わってさっさと家に帰ろうとしていた矢先の事だった。恭介の後ろの席のクラスメイトが話しかけてきた。まだ、高校に入って一週間。ボッチにならぬよう地道に交友関係を広げた結果、親友とは呼べなくても友達呼べる程度の人間関係を恭介は築く事ができた。話しかけてきたクラスメイトこと北条辰巳もその一人である。席が真後ろという事もあり、気安く名前で呼べる中になっていた。
「ああ、せっかくだし見に行くよ。辰巳」
見学しないとは言わない。仲良きことは美しきかな。というわけではなく、友達を維持するために必要な時間だ。せっかくの申し出だし、なにより興味も少しあった。
「そうくると思ってたぜ。さあ、いこう!」
恭介たちはカバンを持って教室を後にした。廊下には人が結構な人数がいる。彼らと同じように部活の見学に行こうとする一年生と、その一年生を勧誘しようとしている上級生だ。
創作部。バスケ部。山岳部。吹奏楽部。エトセトラエトセトラ。多くの部活が狭い廊下で部員を確保しようと新入生を説得したりしていた。
「ちょっと、俺トイレにいくわ」
辰巳は申し訳なさそうな顔をして言った。先に行っとけよと恭介は思いつつ頷いた。
「ああ、分かった。部室はどこにあんだ? 先に行ってるよ」
「一階の第二音楽室だ。すまないな、先に行ってくれ」
そういって、辰巳はトイレに駆け込んだ。恭介は人ごみをかき分け目的の場所に向かう。
「ちょっといいかな? 達也君?」
女の声が後ろから聞こえた。恭介ははいぶかしむ。男子とはそれなりに仲良くなっていたが、女子とは名前で呼ぶ仲の者はいなかった。せいぜい苗字で呼ばれるくらいだ。悲しいが恭介はモテないのだった。
振り返り、相手を確認する。恭介は眉間を寄せた。声の主は奇妙な格好をしていたからだ。顔を深く隠した黒色のローブを着て、魔法使いが使いそうな背丈ほどもある大きな木の杖を持っていた。しかし、周りの人はそんなローブの主を気にした様子はなかった。
その恰好を見て、オカルト研か演劇部を恭介は連想した。しかし、どちらの部にしても恭介とは係わりがなかったし、もちろん知り合いもいなかった。
「えっと、誰? 部活の勧誘? てか、何部の人? なんで俺の名前を?」
疑問を次々いった。当然の権利であろう。
「私はオルソナ。あなたに忠告をしに来た」
オルソナと名乗る少女は静かにそう言った。
なるほど、名前からして外人か。忠告ということは予言かなんかだろうか? オカルト研の人だろうか?
「一度しか言わないわ。あなたは剣を抜く時、よく考えて抜きなさい。剣を抜けば後戻りはできないから」
ああ、電波さんか。春だしそんな人もいるよね。
恭介は頭がおかしい電波さんとはかかわりたくなかった。なので、オルソナと話す事をやめて、目的の第二音楽室に行くために彼女に背を向ける。
「じゃあ、言ったから、頑張ってね」
次の瞬間、奇妙な浮遊感と共に、恭介は意識を失った。