少女Hacked 前半
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ある冬の日。
地面からこぼれ出す冷えた空気と、冬の訪れを告げるように舞い降りる粉雪。両者がロマンチックな出逢いをする中――
あたしは、ロマンチックとは程遠い修羅場を迎えていた。
ドンッ!
思いっきり肩を押されて、よろめいた。
「何すんのよ!」
あたしの前には4人、頭の軽そうな男たちが並んでいる。
「ふん……わかってんだろ?」
その中でもリーダー格らしい長身の男が、小馬鹿にしたように肩を上げる。
決めた、こいつはキザ男と呼ぼう……なんてどうでもいいことを考えている間に、
4人はあたしの周りを囲んでいた。
人気のない路地裏。背後は壁。
……これ、絡まれちゃった、ってやつ?
「と、通してよ」
勇気を振り絞ったあたしに、
「それはできないなぁ」
にやにや笑いながら言うのはいかにもヤンキー風の金髪。
「……あたし、帰りたいんだけど」
「俺たちも早く帰りたいよ、なあ?」
キザ男の言葉に、全員が頷く。
どうしよう……
これは、そう。あたしの貞操がピンチ!
「あんまり手荒にすんのは趣味じゃねえーからさ」
キザ男は間をためてゆっくりと歩き回り、あたしの正面でぴたっと止まった。
「金、さっさと出せよ」
「えっ」
思わぬ言葉に、頭の回転が遅れる。
「……ええっ」
なんで。
どうして。
花の女子高生たるあたしが金を要求されるのか!
「すぐ返すからさー、ちょっとだけ貸してよ」
金髪が相変わらずにやにやしながら追従する。
「…………」
どこに目をつけてるんだ、こいつらは。
あたしの、魅力がなぜわからん。
言っておくが、あたしはクラス2位の美人だぞ!
あたしの不満そうな表情に反応してか、金髪が口を開く。
「そのバッグ。び・と・んって読むんじゃないの?」
「…………」
そんなバカな。
あたしはバッグの側面を目で追う。
「LOUIS VUITTON」
しっかり書かれていた。
「…………マジ?」
ぜんっぜん気づいてなかった。
だってこれ、確か、デュオが買ってきたものだ。
(お前のせいか!)
元凶となった隣人に呼びかけるが、返事はない。
あいつはそういう奴だ。いっつもそう、あたしが呼んで来たことなんてない。
「だからさぁ、持ってんだろ? 大金を」
にじりよってくるキザ男に、思わず「ひっ」と情けない声が出た。
「どうなのかなー?」
「も、持ってないです……」
「んなわけあるかぁ!」
急に表情を変え、怒鳴るキザ男。
なに、これ。もうやだ……
「なぁ、貸すだけでいいからよ。ちゃんと返すからさぁ」
男が顔を近づけてきて、にやりと笑い、あたしの肩に手を――
!Caution!
Brain is attacked!
Searching Hacking Program..."Duo"
...Administration changed...
左肩に触感と軽い痛み。視界正面の男の右手によるものと確認。
当該人物の他、1mほどの距離に3人の男を目視。
推定年齢、18歳前後の4人組。
ユカリは危険にさらされている可能性がある。
「手を、どけて頂けますか」
「……はぁ?」
眼前の顔に敵意はさほど感じられない。はじめは友好的に――
(何、のんきにやってんのよお!)
ユカリから声――メッセージ。
言語外の情報が、4人の男たちを「敵だ」と伝える。
(……しかし、ユカリの早とちりという可能性も考えられます)
ワタシの信条は正確な事実認識と客観的な判断。
先程の彼の言葉が本当ならば、お金を借りたいだけのはずだ。
(あのねぇ……)
ユカリの不満の声に思考を向けていると、
「すかしてんじゃねぇ!」
直径17cm程度の手の平を、眼前に確認。
――パンッ!
(いたっ!)
派手な音と共に、痛がるユカリの声が響く。
「…………」
(やはり、今後はデュアルコアが必要ですね)
(そんっなんどーでもいいから! さっさと片付けてよ!)
(……了解しました)
ユカリは気が短い。
「これで正当防衛です」
全員に聞こえるよう宣言し、ワタシは男性A(ユカリ呼称「キザ男」)の手を払いのけ、距離を取った。
「……んだと?」
男性Aは表情を変えた。怒りを表明しているようだ。
ワタシはバッグを置き、構え。
飛び込んでくる体躯を回避し、彼の右手を捕獲。そして、
「……あ?」
180cmオーバーの体を、宙に飛ばした。
「ぐっ」
腰を打ち起き上がれない男性Aを見て、B,C,Dの3人も狼狽えた様子。
(派手にやるわねー)
危機を脱したことを認識したユカリが、のんびりと呟く。
(合気道、だっけ)
(そうです)
護身術として、ワタシは女性の力でも使える合気道を選択した。
師範と呼ばれる人物の技を観測・記憶してから、対人戦で負けたことはない。
「……まだ、続けますか?」
意思を確認。
腰が引けたヤンキーを除き、2名は戦闘の意志がある模様。
「それでは、どうぞ」
彼らの攻撃を待つ。
そして、2分と経たずに戦闘は終結した。
「くそっ……!」
痛みを訴える男性4人を残し、ワタシはその場を離れる。
そのまま家を目指し――
!Caution!
Hacking Program "Duo" is removed...
Administration recovered.
...Operating System starts...
「まっったく、デュオってば、いつも勝手に出るんだから」
不良たちは撃退したものの、あたしは苛立っていた。
(……申し訳ありません)
この脳内会話の相手は、デュオ――もとい、「代返くん」ver 0.99という。
人の代わりに考えて、行動してくれる人工知能だとか。
まあ、どーでもいいけど。
「で、なんでヴィトンのバッグなんか買ってんの」
高校生が持つにはちょっと高級すぎる。いや、美人のあたしには似合うかもだけどさ。
(ブランド、なるものを研究するためです)
「……はぁ?」
(成分を解析し、製作法を推定しました。
その結果、ルイ・ヴィトンの価値を多少理解できたように思います)
「ふーん」
改めて、手に持ったバッグをためつすがめつ眺める。
まあ高級っぽいとは思うけど、いくらだっけ? これ。
他のバッグとそんなに違うかって、よくわからない。
「……あ、ここ。ちょっと汚れちゃった」
そういえば、デュオがキザ男を投げ飛ばす時、路地に置いてたっけ。
(問題があるようでしたら、作り直しましょうか)
「ん?」
どういうこと。
(構成は把握したので、材料さえあればいくつでも作れますよ)
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
ゆっくりと、あたしの頭は発言の意味を飲み込んだ。
「…………そーなの」
なんだか、急につまらなくなってきた。
改めて手元を見る。
いかにも高級品って感じの凝ったデザインにマーク……
「つまんねーバッグ」
あたしは衝動的にバッグを斜め45度に投げ飛ばす。
おお、自分でもびっくりの飛距離。
ルイ・ヴィトンのロゴがコンクリートの壁にぶつかり、ポトッ、と情けなく落ちた。
(な、な…………)
へぇ、機械も言葉を失うことがあるんだ。
(何をするんですか!)
あーうるさい。
(今すぐ拾うべきです、すぐにでも)
!Caution!
Brain is attacked!
Searching Hacking Program..."Duo"
...Administration changed...
ワタシはバッグに駆け寄り、一通り点検を済ませる。
多少砂がついたものの、使用上問題のある点はないと判断。
(あー、わかったから戻れ!)
!Caution!
Hacking Program "Duo" is removed...
Administration recovered.
...Operating System starts...
「まっったく、何考えてんのよ」
(それはこちらの台詞です。どうしてバッグを投げたのですか)
「……ふん、あんなのまた買えんでしょ。ハゲの金で」
ハゲ、というのはあたしの父親であり、またこんな厄介な相棒を担がせた張本人でもある。
奴が開発した「代返くん」は、売り出す前に実用テストをすることになった。
その被検体として選ばれたのが……あたし。
「変な機械に脳いじられる代わりに、大量のお金が入る。良くできたシステムよねー」
(そうですね。Win-Winの関係と言えます)
「……ふん」
皮肉をこめたつもりだったが、デュオはそういうことには鈍い。
(しかしですね、それとこれとは別の問題です。
高価な所有物を無駄にしてはいけません)
「……はいはい」
こういう所が、あたしは嫌いだ。
あたしとこの機械とは、言葉も思考も、まるで違う。
同じものを見て、同じ経験をしても、違うんだ。
「……やっぱり、ハゲに言って、あんた取り去ってもらおうかな」
(今日の騒動を見る限り、それは賢明な判断とは言い難いかと)
「……ちっ」
悔しくなって、あたしはそれきり黙り込んだ。
「…………」
10分ほど気まずい(あたしだけか)沈黙が続いた後、ようやく見慣れた場所に着く。
二階建てのシンプルな一軒家。もちろんあたしの家だ。
「……いい、デュオ。家に帰ったら、いつも通り。
絶対、出てこないでよ」
(非常時にはその限りではありませんが、了解しました)
「…………」
――やっぱり、こいつって大っ嫌い。
あたしは大袈裟な溜め息をついて、玄関のドアを開けた。
*前半終わり
ストレスの溜まる終わり方ですみません……
後半は時間ができたら書こう、と、思います。