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西側の窓から夕日が差し込んで、本に陰りができる。ため息をつきながらも、右手に握ったペンはするすると紙の上を滑って行った。
図書館で勉強をはじめたのは数週間前。図書館、という場所に入るのに、なぜだかためらいを感じたのは初めの一回だけだった。
いかにもまじめ、といった雰囲気のその空間と、そこを利用する生徒たちに、少し壁を感じていた。
だけどそんなものは偏見や単なるイメージでしかなく、皆、自分の空間を見つけて何かに没頭しているだけだった。
一番端の窓側の席に腰をかけて、本棚から引っ張り出してきた参考書を目の前に数冊積んだ。
そして目にかかって邪魔になる前髪をきゅっとピンでとめる。それだけで、少し賢くなれる気がした。
参考書に並ぶ難しい単語や文法にタジタジになりながらも、夢のためなんだとペンを握り直した。
「んーわっかんね。死ねよバカ。何これ」
長時間机に向かうという行為自体にストレスを感じ、握っていたペンをバンっと机に叩きつけた。
ぐっと背伸びをして、深呼吸。日が沈んでいき、図書館にいた他の生徒たちはほとんど姿を消していた。
携帯を見ると、もう8時を過ぎていた。
「だめだ、集中できない。わっかんない」
小声で参考書に向かってつぶやくと、もう少し頑張れるような気がした。勉強を教えて、なんて、自分のキャラではないと、友達や先輩、ましてや怜には言えるはずがなかった。
「もうすぐ閉館ですよ。」
頭上から降ってくる声にノートをまとめる手をとめた。
今日はこんなものか、と、参考書を閉じる。
「すみません。もう出ます」
そう言って声をかけてきた人をみあげると、見なれた栗色の髪。日本人離れした顔だち。そしてむかつくほど自慢げなその笑み。
「光、なんで」
へぇ、と参考書を物色しながら向かいの席に腰をかけた光を、私はじっと見つめていた。
夕日に染められた光の髪は、いつもよりきらきらと光っていて、その表情はいつもよりも艶っぽく見えた。
「ゆずる」
「何。茶化しに来たの?うざい。ちょーうざい」
少し感情的になった私の声は図書館に響いた。はっとしてあたりを見回すと、数人がこちらを見ていた。
恥ずかしくなって参考書をまとめると、かばんを持って立ち上がった。
「ゆずる、好きだよ。」
光が私の腕をきつく掴んで、そんなことを言った。口元だけが笑っていて、その表情からは感情が読み取れない。
私の反応をうかがうように、首をかしげて、ただ反応をまっている。
一瞬、光の口から何と言われたのかがわからなくなって、頭が真っ白になった。放課後に詰め込んだ英語に関する知識や語彙が全てふっとんで、「好き」なんてチャチな言葉がぐるぐると体中を駆け巡った。
冗談に決まってるじゃないか、と、そう冷静になるのに数秒要した私は、あくまで動揺などしていない振りをした。
「そういうの、まじうざい。離して」
余裕な態度にむかついて、腕を振り払うと、私は彼に背中を向けた。
どきどきと鳴る心臓が、口から出てきそうなほど息が荒くなった。それは光の腕の熱さへの戸惑いと、いらだちから来るものだった。
「ゆずる」
笑みを含んだような声色で名前を呼ばれ、振りかえらずに「何」ときつく返すと、またその声が響いて、数人が振り返った。
「ばいばい。また明日」
かっと熱が顔に集まって、私は大股で歩き出した。
参考書を返却口の台にばんっと置いて、図書館を後にした。
校舎を出ると、まだ少しひんやりすると夜風の中、自転車をこいだ。