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    「ただいま」という声が光の「ただいま」と重なった。

ここ俺の家、佐伯家で英語の課題をしようと、コンビニに寄ってから光と共に帰宅した。

放課後、バンドの練習へ向かわない日は、たいていこうして光とつるんでいた。

駅と家の間にあるコンビニでゆずるに頼まれた、というよりは半ば命令に近い口調で買うように言われたゼリーを買って帰った。

「ゆずる本当にわがままだな」という光はいつも通りゆるく笑っている。

先ほどの体育館裏での光の表情を見た後だったので少し不安になってみたが、優しい顔をしていた。

兄貴である俺よりも、兄貴らしいような顔つきだった。

玄関で、スリッパいらね、と2人でスリッパを蹴り合いながらリビングに入ると、

ソファーに寝ころんで携帯をいじっているゆずると目があった。

短いスカートから伸びた足を使って手繰り寄せたリモコンでテレビのチャンネルを変えたりと、相変わらず行儀が悪い。

それを見ていると、「何?見ないで」と、また凶悪犯のような顔をした。

「ゆず、パンツ見えるよ。はいゼリー」

コンビニの袋を目の前に差し出す。ありがとうなんて言葉は期待していなかったが、代わりに「うぜー」と返ってきた。

単調で冷たい口調の彼女の手に握られた携帯電話のメール画面には可愛い絵文字がたくさん入った作成中のメッセージ。

その相手がバンド仲間のシュウ君だと察した俺は、またため息がでた。

「俺の友達に手出すのやめてくんない?」と言うと、ゼリーをひったくったゆずるの方からクッションが飛んできた。

シュウ君のことが癇に障ったのかと右頬を人差し指でかくと、「スプーンがないんだけど」と、今度は空になったビニル袋が飛んできた。

「ねえ、あんただって、楓に手、出したじゃん。死ねよ」

キッチンで晩飯の準備をしていた母さんからスプーンを受け取ってゆずるの元に戻ると、隣にいた光がすっと腕を出して俺を制止させた。

「早く。何してんのよ」といってスプーンを強請るゆずると視線が合うよう、光がしゃがみ込んだ。

近づく2人の髪色が、よく似た色だな、なんてぼーっと見ていると、光がゆずるの頭にぽんっと手をのせた。

噛みつこうにも噛みつけない、そんなゆずるの白い歯がギリギリとなっている。

「ゆずちん、俺の前では演じなくていいの?」

「は?」

そんなゆずるの声は苛立ちを感じさせる。

「なんなのあんた。意味不明。あんたにいい顔してなんかあんの?」

食べる気うせたわ、とゼリーを机の上にばんっとおいたゆずるは、携帯の画面に向かい直した。

シュウ君からの返事が来たのであろう、また、メッセージを打ち出したゆずるに俺はもう何も言えなかった。

“楓に手、出したじゃん”という言葉が頭の中をぐるっと駆け巡ったからだ。

「ゆずちん。おまえ、学校で演じてる意味あんの?」

「あんたに、関係ない」

ゆずるが涙目になったのを見て、演技ではないと察した。

「光。上、行こう」

もう17年も一緒に暮らしてきた妹の、演技かそうでないかは見抜けるようになっていた。

そもそもゆずるが外面、というものを作り出した頃を俺はよく知らないが、家族以外でこうも悪態をつくのは光にだけだった。

階段を上る俺たちの背中に向かって「死ね」と言ったゆずるの声に、光がくすりと笑ったのを俺は見落とさなかった。

「Why are you laughing?」(なんで笑ってんの?)

「Well...maybe I like her real characteristic.」(ん、たぶん俺、ゆずちんのああいうとこ好きっぽい)

ちらりと振り向くと、ゆずるは可愛い顔をしてゼリーを頬張っていた。俺たちには向けられない、クラスメイトにも向けない本当の笑顔だった。

「まじで? But I cant understand you at all.」(まじで?光意味わかんねーよ全然)

それでも、血のつながった唯一の妹、それも双子のゆずるを、好きだという光に心があったかくなる感覚だった。


  部屋に入って課題を進める俺の横で、雑誌を読み始めた光のせいで、課題は一旦中断。

話は鈴原やシュウ君の話になっていた。もちろん、さっきゆずるの一言がそうさせたのだ。

「鈴原の何がよかったの?いや、そりゃ美人だけどさ。」

光はぱらぱらと、雑誌のページをめくった。読んでいるというよりは、ただめくるという行為を繰り返しているだけだ。

「好きとかよくわかんねーけど、はじめて興味持った人間だった」

淡々とした口調で話す鈴原は、いつでも余計なことは口にしない、ツンとした女だった。

媚びてくる子犬のような目が苦手だった俺は、そのさらっとした一見冷たい目にひかれた。

お互い、一度も好きだとかそんな甘いセリフは言わなかったけれど、ずっと続く関係だと思い込んでた。

約束を嫌う俺に、期待という束縛をしなかった鈴原は、俺にとって最高にいい女だった。

同様に鈴原を野放しにしていた俺。どちらからも行動を起こさなかった俺たちは、ある意味自然だった別れにたどり着いた。

「それが今はゆずちんの親友だもんな。」

けらけらと乾いた声で笑う光は、ゆずるは性格悪い、とまた口癖のようにそう言った。

「でも、さっきのはちょっと焦った。ゆずるいじめるの楽しいけど、ばーちゃんがさ、女の子泣かせちゃだめって言ってたから」

細い毛を触っていた光の手が胸元の懐中時計を握った。

祖母の形見だというそれだ。

「でもやっぱゆずかわいくない」

ふざけて光は笑った。

俺は少し驚いて、「そうだよな」という声が一瞬でなかった。

17年間ゆずるを見てきた俺の他に、ゆずるの本当の涙を光が察したことに、だ。

そこに興味がわいた。鈴原を初めて知ったあの日の感情のように、「exciting」そう、まさにわくわくと胸が躍るような気分だった。


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