Ⅱ―Ⅰ.「『君達の宣戦布告を受け入れた』と言うボスの伝言を伝える事さ~」
悪夢は三週間後の事だった。
毎日医者に通っていた俺の足だが、全治二ヶ月という診断を受けたのにも拘らず、一ヶ月も経たずに治ってしまった。
医者によると、こんなに早く治るのはありえないことも無いが、おかしいと言う事だった。
俺は俺の能力の影響のものだと思うのだが、桑原曰く、「物体に直接影響するもの」らしいから人体には無効なんじゃないだろうか。
まぁどちらにしろ。早く治す事ができたんだ。もう考える事も無いだろ。
それより、この三週間はすごく幸せだった。もう死んでも悔いは無いくらいの勢いだ。
栗林と一緒に変えることはできなくとも、後ろからついていけるだけで幸せだった。だが、俺って――ストーカーみたいじゃねぇか!?
と栗林の公認ストーカーになれた事を幸せに思っていたのだが、急に俺が情けなく感じてくる今の心境だった。
しかし、そんな事に思考を巡らせている暇など今の俺には無かった。
「生徒会長どうしたんだろうねー。一週間も休みなんて」
「不登校なんじゃないの? 仕事が多すぎてストレス溜まったとか」
俺の隣の席にいる女子達がそんな会話をしていた。
そう。生徒会長――坂江真人は此処一週間、学校に顔を見せていない。
電撃の能力者を捕獲しに行っているのは分かるが、一週間は幾らなんでも長すぎじゃないか? なら、何であいつはまだ、帰ってこない……
それは一つの事実を示している。
“坂江が電撃の能力者に負けた”
信じたくは無いが、相手の能力が電撃と聞かされている今の状況では負けたと思うしか……
「どーする?」
昼休みの今。俺が弁当の中身を口へと運ぶ流れ作業を行っている途中、その人物は俺の目の前に立っていた。
その人物と言うのは女子の輪の中から転向してきてからずっと外れっぱなしの新川だった。
「どーするも何も、俺はこの生憎の天気には動きたくは無いね」
そう。今日は生憎の雨の天気。どす黒い雲は今にも稲妻を落としそうだ。
雨はザーザーと音を鳴らし、外に出たら、隣にいる人の声も聞こえずらいだろう。
「指令は?」
「あー……それって絶対?」
新川は頷いてみせた。
うーん……助けたいのは山々なんだが、俺の能力って電撃なんかに敵うのか? 自分で答えるのもなんだが、敵わないと思うんだが……
俺はわざとらしく溜息を吐いて、窓の外のグラウンドを見た。水はけの悪い地面はもはや湖状態。今の俺の心もそんな状態だった。
「そういえば、俺ずっと聞きたかったんだけど、お前の能力って何?」
新川は少しの間、沈黙を経て、
「内緒」
と呟いた。
「……まぁ、生徒会長の件はまた、放課後な」
新川は頷くと、教室を出て行った。
内緒と言う返事が来るとは思ってもみなかった。あいつなら、すぐに答えてくれると思ってたんだけどなぁ……やっぱり俺の予想は殆どの確立で外れるんだな。
俺はまた、弁当の中身を口へと運ぶ作業に戻った。
その刹那の事であった。そう、一瞬の出来事に俺は困惑した。いや、困惑する事しかできなかった。
教室の蛍光灯が一瞬にして全て粉々に砕け散った。
「キャー!」
「なっ、何だよ!」
「え!?」
様々な声が上がり、太陽の光を遮った暗雲によって全ての明かりが消えた教室は暗闇とまではいかないが、暗くなった。
雷が落ちる音などしなかった。なら、何で……?
俺は立ち上がって、蛍光灯の残骸を踏み潰しながら、廊下に出た。
廊下の蛍光灯も同様に粉々に砕け散っており、他の教室も同じ状態のようだった。
やっぱり、雷が落ちたとしか説明のつきようがない状況だった。俺のクラスでは怪我人は誰もいなかったが、他のクラスでは怪我人が出ているかもしれない。
一体何が起きたんだ……?
瞬間、俺の目の前にその少女は現れた。
「来て」
俺の手を握ったその人物は先ほど、教室を出て行った新川の姿だった。
「おい! どこに――」
「いいから」
そうして俺は新川の手を引かれるまま、階段を上りに上って屋上まで辿り着いた。そして、屋上へのドアを開けたその先には――
――ただの激しい雨の降っている風景が広がっていた。
風が強く、屋上の外に出ていないのに俺に吹きつける雨。
「何だよ……誰もいね――」
「危ない!」
瞬間、俺の盾になるかのように屋上への入り口に背を向けて、俺の目の前に割って入った。そして、俺に抱きつくような姿勢をとったまま、静止した。
一瞬、ドキッとしたが、今はそんな状況ではない事ぐらい俺も分かっていた。
何故なら――
「……おい……新川……? おい!」
地面に滴り落ちていく赤い液体――血。
その液体が流れ出て行く原点は新川の右脇腹にあった。
何が起こっているのか理解できない。
右脇腹から血を流した新川が俺に倒れ掛かっている? 何故? 何故、新川は右脇腹から血なんか……
瞬間、俺は初めてそいつの存在に気が付いた。
雨に濡れた服を纏った髪で目が隠れている少年――そう、それは少年。
「愉快愉快~何でこんなに愉快なのかって言うと~」
「あっ――――!?」
「能力、現実で使えてるから~」
鈍い音が俺の耳に届いた。その音は新川の脇腹から刃物を抜き取る音だった。
辛うじて立っていた新川が俺に全体重を預けた時、俺は階段から落ちそうになった。それを堪えながら、俺は階段を駆け下りた。
屋上と四階の中間地点。そこに新川を寝かせる事しか俺にはできなかった。困惑しすぎて何をどうしたら良いのか分からない俺は――
「おい、新川! おい!」
を永遠に続ける事しかできないでいた。
どうすりゃいい!? 刃物で刺された人間を救う能力なんて俺は持ってない! 知識もない! 俺は無力で無知な普通の高校生男子なんだよっ!!
「何もできない~無力な高――」
「てめえ……ふざけんなよ……」
俺は新川を床に寝かせ、立ち上がった。
そして、新川を刺した刃物を持った少年へと向き直った。
「震えてるじゃないか~」
そう。俺の足は震えていた。
恐い。俺の目の前で新川が刺された。そして、俺の目の前にいるそいつは――能力者に違いない。となると、先生を呼んできても意味はなさそうだ。
俺は右手を強く握りしめた。
「ちょっといいかな~少年」
愉快そうに言葉を発するそいつは
「その子が君の元へと行った~理由は何かな~?」
と尋ねてきた。
んな事、知るかよ! と言いたいところだが、変に威嚇しては不明な能力をどんな風に使われるか分からない。
ここは冷静に慎重に対応しないといけないんだ。
「反応無いけど~もう答えを言っちゃうよ~」
そいつは俺に背を向けて雨の降る屋上へと足を進めて行った。
なんだ? もう帰るのか?
と俺が少し胸を撫で下ろそうとした時、どさっと言う音と共にそれは床に投げ出された。
ボロボロなこの高校の制服をその身に纏い、眼鏡を掛け、雨に打たれていたであろう人物。
「……なん……で……?」
俺の一番見たくない光景がそこにはあった。
「なんでお前が! ボロボロになって気絶してんだよ! 坂江ェ!」
そう。その人物はこの高校の生徒会長――坂江真人だった。
◇
「こいつがさ~うちのボスに手ぇ出そうとしたからさ~こんなことになってしまったのさ~~~ボスは最強だよ~電撃に勝てるはずがない~」
こいつ……電撃の奴の仲間……
しかし、そんな事、今の俺にとってあまり重要視する事ではなかった。それよりも、優先的に考えなければならないのは――坂江の今の状態のことだった。
「お前がやったのか……?」
「僕じゃない~うちのボス~そして、僕の役目は~――――」
そいつは大きく口元を歪め、俺に新川の血が付いたナイフを向けて、
「――――『君達の宣戦布告を受け入れた』と言うボスの伝言を伝える事さ~~だからぁ~」
瞬間、そいつは階段の上から自らの身を乗り出した。
「君も殺さないとね~」
階段の上から跳んだそいつは俺に向けてその刃物を振るおうとした。
俺は咄嗟に左へと跳んだ。しかし――
「避けても意味無いよ~だって僕の能力は~」
――階段から跳んだ瞬間のそいつは右手に持っていたはずの刃物を左手にも携えていた。
階段には手すりが存在する事など、当たり前の中の当たり前だ。俺だって階段から落ちそうになったとき、役に立った事がある。だが、俺はこの時ほど、全ての階段から手すりを消し去ってほしいと思ったことは無かった。
電撃の仲間の左手にある右手よりも長身の刃物をそいつは俺に向けて振るった。流石に避けることができなかった俺はその胸に刃を受けた。制服が斬られ、血が吹き出す。浅く斬られただけなのに血は滝のように流れ出た。
そして、床に着地したそいつは先の言葉の続きを紡ぐ。
「物体を刃物に変える能力だよ~」
そう。こいつが階段から飛び降りて手すりに左手を触れた瞬間に手すりは形を変え、長身の刃へと変貌を遂げた。
痛い……血が、止まらねぇ……
俺は自らの制服が血だらけになり、床に血が垂れていくのを見て、新川へと目を向ける。
くそ……どうすりゃいい……? 俺の能力は物体を増殖させる能力……俺は何を増殖させりゃあいい……?
「彼女を刺した刃物は吹くか造ったのさ~さあさあ~君の能力も見せてみなよ~」
クソ野郎! まずは此処から離れねえと、床やら壁やらを増殖できねぇ!?
俺は新川と坂江を順に一瞥し、目の前の両手に刃物を携えたそいつを睨みつけた。
もう一つの世界ってのは俺が特定した人物だけ行く事もできるんだろうな……? いや、できないはずが無い。それなら俺はもう何十回ももう一つの世界を行き来してるだろうからな……どっちにしても――もう一つの世界への鍵を開けてやる!
そう思った瞬間に目の前の風景がパズルのピースのように崩れていった。そして、俺の予想通り、そこに残ったのは俺と刃物に変える能力者だけだった。
「ふ~ん。でさ~もう一つの世界に来たところで、君には何ができるのかな~? 血だらけの君に~」
「そうさ。俺は今、血だらけで痛いさ。けど――――同じ学校の奴が目の前で倒れてる姿を見たせいで、こっちは胸くそ悪いんだよ!!」
俺は自らの右手を目の前の男に突き出して、念じた。
瞬間、俺の右手から電撃が走り、男の足下へと到達。床から樹が生える様に一本の柱が突き出した。
だが、それを電撃が走った瞬間に避けた男は
「遅いね~そんなんじゃ君は勝てないよ~?」
自らの右手を俺に向けて突き出した。そして、俺よりも数倍の速さで電撃が此方へと龍がごとく飛び掛ってきた。
俺は自らの右足で思いっきり地面を蹴り上げて、階段から下りた。
そして、俺は屋上と四階の中間地点へと目を向けた。そこには――針山のように突き出た何本もの刃が生えていた。
ちっくしょう! そんな使い方もできんのかよっ!? けど、逃げるわけにはいかねんだ! でも、どうすりゃいいんだよー!!
何を増殖させて攻撃すれば良いのか分からない。床や壁を増殖させたところで、俺は電撃の速度が遅い。避けられるのがオチだ。くそ……考えろ!
瞬間、俺の頭は思いついた。
技術室だ!!
俺は自らを技術室に赴くべく、全力でその場を走った。
技術室には凶器と呼べる物がたくさんあるはずだ。それを奴に投げて増殖させる事ができれば、奴を倒せる!
刃物野郎を倒せる希望が俺の頭の中を包み込んだ瞬間の事だった。
地面から無数の尖った刃が生え、俺の体に無数の傷をつけた。
俺はバランスを崩し、走っていた勢いを残したまま、激しく転んだ。
今までに体験した事の無い激しい転び方だった。体中が痛く、切傷から血が吹き出す。
俺はそのまま、仰向けに倒れた。そして、ゆっくりと瞼を開けると、当たり前のように天井の壁が映った。
痛ッ……
と俺が苦しい表情を浮かべたその瞬間、そいつは俺の視界の中に入ってきた。
「僕の能力が発動する速さと~君の走る速さは~月とスッポンなんだよ~? 遅すぎてあくびさえ出てきちゃうよ~」
わざとらしく大きく口を開け、目に涙を浮かべる刃物野郎。
へっ! 油断しやがって。クソ喰らえ!
俺は自らの右手に力を入れて念じた。
瞬間、刃物野郎目掛けて床が樹のように生え、伸びた。だが、刃物野郎に当たる寸前に刃物野郎は自らの体を退いて、避けた。
「危ない危ない~不意打ちは駄目だよ~卑怯って言う言葉は~僕の一番嫌いな言葉なのさ~」
ゆっくりと俺に近づいてきたそいつは床から生えたそれに右手を置いた。瞬間、それは刃物へと形を変えた。
「さあて~もう、君の人生は終わりだよ~? 何か言い残すことはないか~い?」
ねえよ。
「そうかい~なら、さようならだね~」
刃物がそいつの手によって振り上げられた。
そいつの言うとおり、さよならだ。俺はてめえを倒す為にもう一度、相対するだろうよ。
俺の身に刃物が貫くその瞬間に俺は最後の力を振り絞って念じた。
――もう一つの世界から脱出する為に。
そして、目の前の光景ががパズルのように崩れるその前に俺の意識は闇の中へと引きずり込まれた。