Ⅰ―Ⅶ.「だから――君達にはその能力者の捕獲をしてもらいたい」
「そういえば、君は何故、鍵を使ってもう一つの世界から脱出を図らなかったのかね?」
唐突に生徒会長から尋ねられて、俺は尤もだと思った。だが、こいつに気付かされると、やはりムカつく。
「そこまで頭が回らなかった……まあ、僕も君の頭には期待などしていないがね。学年でも中間の成績の君にはね」
偉そうな生徒会長は独りでに足を進め始めた。俺は絶対にこの人、苦手だ。
それよりも、
「あんたの能力は……あれは何なんだ……?」
木のように伸びた壁の柱を粉々に砕いた力。たぶん、俺よりも強い能力。
「そんな事、君が知ってどうするのかね? 見方だと言っても敵に情報を漏らすかもしれないじゃないか。だから、不用意に自分の能力を見せないことだ。どんな能力にだって弱点はあるからな」
ああ、こいつにこんな質問をした俺が莫迦だったようだ。もうこいつと話すのはやめておこう。さっきのように堪忍袋の緒がいつ切れるか分からないからな。
そんな風な思考を俺が巡らせていると、桑原が俺に向けて話しかけてきた。
「今日の集会の事なんだけどー……倉沢君にとってちょっと、厄介なものかもしれないわ」
「はぁ?」
「栗林さんの為なんだから、頑張らないとね?」
「…………」
こいつ……俺の扱い方に段々慣れてきてるような気がする……
◆
「ここが――集会する場所」
と桑原がとまって見せたところを見て俺は口を開いた。
「ここが……――って三年生の教室じゃねぇか!? こんなとこでやっていいのかよ!」
三年九組と書かれた板を穴が空くほどの強い眼光で眺めた後、桑原へと視線を向けた。
「別にいいの。此処の高校の校長はこっち側の人間だもの」
校長グル!?
初めて聞かされた事実に驚きを隠せないまま、
「因みに三年九組は僕の教室だ」
とまぁ、どうでもいい情報も一緒に聞かされた。
俺は本当にこんな高校に来ても良かったのか? と疑問に思うが後の祭りだ。
教室に入ると色々な面子の三十人くらいの人々が一斉に此方へと視線を集中させた。
その状況に少し怯えながらも俺は教室に入ってからのドアのすぐ傍の壁にその身を預けた。
やっと腕を休めるこの安らぎの時間のはずなのに何とも落ち着かない。
それは俺の右隣に殴りたいほどむかつく生徒会長がいると言う事でも、俺の左隣に満がいると言うことでもない。たぶん、この落ち着かない理由は今のこの場の空気からくるものだ。
ピリピリと全員が苛立っているような嫌な空気。そんな空気を俺と一緒に感じ取ったのか満も眉間にしわを寄せている。
そして、皆、そんな眉間にしわを寄せた顔で壇上に立っている一人の人物を見ていた。
白髪交じりの髪の毛、顎にひげを生やし、眼鏡を掛けたその風貌から受ける印象は“優しそう”の一言だった。
滅多に怒りそうに無いその顔だが、怒ったら恐そうなそんな顔だ。
「あの壇上の上に立っている人。その人の顔をその目に焼き付けてちょうだいね」
俺の目の前にいた桑原が小声でそう呟いた。
俺は察しがあまり良くないと自負してはいるが、その時は稀に察する事ができた。
俺たち側にとって重要な人なんだな。
「もう……そろったかねぇ……?」
その瞬間、壇上の上にいた白髪交じりの眼鏡の男が自らのひげを触りながら呟いた。
そして、そんな呟きに回答する者など誰も居らず、その人は話し始めた。
「まずは初めての人にちゃんと自己紹介をしないとね。私は上田と言う者です。しかし、リーダーなんかでは決してない。私はただ、皆さんを纏めている数珠の糸に過ぎない。一番、覚えていて欲しいのは私が情報を仕入れる係だということ。聞きたい事があれば何でも質問しにおいで」
顔と同じようにゆっくりと優しい声色で言葉を紡いでいく上田と言う人。この人も何かの能力者なのか?
「挨拶はこれくらいにしておいて。皆さんも分かっているように私たちは栗林さんを殺す計画の第一段階を阻止することに成功した。それは教室の一番後ろにいる松葉杖の“彼”のおかげだ」
ふーん…………って俺のこと!?
教室にいた全ての人物の視線が此方へと向く。
何だかすごく気まずい。
「ありがとうね。倉沢君」
名前……何で知ってるんだろう……
「あ、はい……どうも……」
自分でも変な返事の仕方だと思いながら、俺は頭を下げた。
拍手も何も無い中で感謝されるのはやはり気まずい。もうさっきから気まずすぎて教室から飛び出たいくらいだ。
「だが――――まだ、終わってはいない」
優しかった目と声色が一瞬で変貌した。
俺は自らの唾をごくりと無意識のうちに呑んでいた。
「たぶん、殆どの皆さんは“奴ら”が二つのグループに分裂したと思っていると思う。けど、私は違うと思っている。奴らは計画の第一段階を失敗させ、此方が油断した隙に実行しようと考えているだろう」
俺はその言葉を聞いて、疑問に思ったことが一つあった。
そんな俺の様子に気付いたようで桑原は小声で呟いた。
「疑問に思ったんなら、手を上げて言って方がいいわ。それとも、私が言おうか?」
なんだその三歳児に本当にできるのかって尋ねているような表情は。後ろからでもちゃんと見えてんだよ。
はいはい、分かりましたよ。俺が言いますよーっと。
俺は自らの右手を上げながら言葉を発した。
「ちょっといいですか?」
「……ええ、何か意見でも?」
俺は息を吸い込んで、
「はい。自分はその二つのグループに分裂した二人が戦っている所を目の前で見ました。それでも、二つのグループが分裂していないと言うんですか?」
俺のその発言を機に教室が少し、ざわめき始めた。同時に壇上に立っている上田さんも思案する素振りを見せている。
そして、その思案する素振りはほんの三秒ほどで終わりを迎えた。
「はいはい。静かにしてください。倉沢君、君の意見は尤もなものだ。だが、それだけで“奴ら”が分裂したと言うには少し足りない。まぁ、私の意見も同じような事が言えるけどね」
上田さんはかっかっかっと笑い声を上げた後、コンマ何秒という速さで真剣な顔へと戻した。
「つまりはどちらにせよ。私達にとってこれから起こる二手目を防ぐ事が先決だ。家に結界を張っていても“奴ら”が結界師を送ってくれば、おしまいだ。だから、これからもちゃんと見張りを付ける。そして、何よりも重要なのは――――登下校中や学校での防衛だ」
それって……俺が物凄く重要な存在って言いたいのか? ……マジでか?
俺がオドオドしそうな状態になっているとき、それに拍車をかけるように此方に目線を向けて上田さんが呟いた。
「学校での防衛は君に任せてもらうよ――――――――――――坂江君」
てめえかぁああああ!!! 俺の緊張の一瞬を無駄にしてくれやがって! 返せよこんちくしょー!
……これ以上は俺が情緒不安定と思われるので落ち着こう……
俺がそう思って深呼吸した時、壇上に立っていた上田さんがもう一度、言葉を発した。
「それと倉沢君、“新川君”も同様に防衛を頼むよ」
しん……かわ……? 新川って……今日、転校してきた新川のことか……?
周りを見回すと、その存在が目に入った。上田さんが言った新川とは本当に今日、転校してきた新川だった。
あいつも“こっち側”の人間だったのか……
あまり驚きはしなかった。こんな時期に転向してきたんだ。訳ありなのは目に見えている。
この頃は察しの悪い俺でも分かる事が多いな……成長してんのかなー、とまぁそんな察する能力よりも俺の物体を増殖させる能力のほうが成長して欲しいもんだな。
「では、これで終わりにしようか。何か伝えたい事がある者はいないかい?」
手を上げる者がいないのを確認した上田さんは、
「これで解散としようか」
と壇上から降りた。
ふぅーこれでやっとこの教室から出れるー、と思った矢先、
「ああ、忘れていた。桑原君、新川君、木下君、倉沢君、坂江君。君達は少し話があるから、教室に残っておいて」
え……マジで……?
◆
他の人々が教室から出て行ったことにより、落ち着かない空気は空気中へと広がる煙のように無くなった。だが、ここに残されたと言う事は何か重要な話がありそうな感じがする。
教室から出て行った人々の階段を下りる足音が遠退いていくのを確認し、上田さんは口を開いた。
「君達には少し、別の事をやってもらいたくてね。ここに残ってもらった」
「で、その内容は?」
と偉そうに眼鏡を光らせている生徒会長。
「……厄介な能力の持ち主がいるんだ。そいつは此方に協力する気はないらしい。だから――君達にはその能力者の捕獲をしてもらいたい」
厄介な能力者を捕獲……?
「始末じゃないんですか……?」
「そう。始末じゃないんだ。私達の一番の目的を達成するためにその能力は非常に必要なんだよ」
俺たちの一番の目的……? 栗林を助ける事なんじゃ――
と思った時に思い出した。
『……その男の能力は――“次元空間を操る能力”』
栗林の未来の子供。
そうだ、そいつが全ての原因なんだ。
俺は自らの奥歯を思いっきり噛んだ。
栗林は何も悪くないのにそいつのせいで殺されなきゃならないんだ……そいつを殺すために栗林が死ぬなんておかし過ぎる。
「でね、その厄介な能力の持ち主の男は君達の通う“川上高校”の隣町の高校に潜伏してる事が分かった。駿河高校にね」
駿河高校は俺たちの高校から歩いて三十分。自転車で十から十五分程度の距離にある高校だ。そして、俺たちの高校よりも頭が良く、進学率もいい。
母親にもどうせならそこにしなさいと言われたが、俺にそこまでの学力などあるはずも無かった。
「その能力は?」
さっきから質問を淡々と続けていく生徒会長。
まぁ、話が淡々と進んで助かるんだが……
「電撃……“電撃の鏡”だよ」
「フッ、あいつか……」
不敵な笑みを浮かべた生徒会長はそのまま上田さんに背を向けた。
「詳しい説明はもういい。あいつのあしらい方は僕がよーく知っている」
その言葉を吐き捨てると、そいつはそのまま教室から出て行った。
「て事だから、心配はあまりして無いけど、気をつけるんだよ? 奴は能力者の中でも頭一つ抜けてるからね」
◇
次の日
上田さんにそんな指令を受けても俺の日常はなんら変わりなく始まった。
「よっ! 松葉杖お疲れさん!」
松葉杖での登校が継続中の俺に友達Aが声を掛けてきた。
「なーなー聞いてくれよ、倉沢ぁ。俺の家の周りでさぁ、この頃、停電が相次いでるわけよ。それで俺めっさびくびくしてんだぜ?」
「ほう? それは良かったな。お前がびくびくする事によって俺は救われるぜ」
俺の発言に眉を引き上げるそいつ。
「何だよ、こっちは本気で悩んでるって言うのに!」
「あーはいはい、分かったよ。でも、悩んでるのはお前だけじゃないんだよ……」
「ん? 何か悩んでるのか、お前?」
ああ、俺はずーっと悩みっぱなしだよ……これから俺はどうなるのやら……今、能力者が俺を襲ってきても何ら不自然じゃないって言うのに……
俺は深く溜息を吐く。
「何だよ、そのわざとらしい溜息は。ふられたか!? 告ってふられちまったのか!? そんなに気を落とすな。俺が新――」
「勝手に話し進めてんなよ! もういいよ、てめえは」
と松葉杖をつくのを速くして靴箱へと急いだ。
片方だけを上靴に履き替え、俺は教室とは違う方向へと松葉杖を進めた。
「おい! そっちは教室じゃないぞー! こけて記憶もおかしくなったのかー!」
「分かってるよ! 生徒会室に用があるだけだ!」
そう。あいつならたぶん、朝から生徒会室にいるだろう。
俺は生徒会室へと足を進め、その扉の前で静止した。
一応、ノックをしようと四回、コンと言う音を鳴らす。すると、扉の向こうから「入れ」と言う声が響いた。
入れって……ものすごく入りたくなくなったんですけど……
とは言ったものの嫌々ながら扉を開ける俺だった。
「なんだ、君か」
なんだ、君かって何だよ。
「そう思うのは当たり前だと思うがね。こっちだって暇じゃないんだ。それより、何だか初めより僕への態度が変わってないかね?」
俺は生徒会室の扉を閉めて、厳重に鍵も同時に閉めた。
「で、どーすんだよ。上田さんから与えられた指令」
「そんな事か……なら心配するな。僕一人で片付ける」
偉そうに口にする生徒会長。だが、本当に電撃の能力者なんかを倒せるのか……?
「フッ……なんだその顔は、僕が信用できないとでも言うつもりかね?」
「ああ、信用できねぇな」
「君達は余裕をかましてればいいだけだよ」
俺は少し不安感を残したまま、生徒会室を後にした。
――その不安感は的中していた。
◇
放課後
「く、栗林さん!」
「……? 何? 倉沢くん?」
俺は今、学校の校門を出たすぐ傍で栗林と向き合っている。
それはどう言う事かというと……
「俺が……俺が後ろ、歩かせてもらっていいけ――かな?」
やべっ、噛んだ!
俺のその言葉にぽかんとしていた栗林は急に可愛く笑った。
「ありがと。じゃあ、お願いします」