Ⅰ―Ⅵ.「敵か味方……あなたはどっちなんですか……?」
生徒会長が俺に何の用なんだ?
疑問を募らせるが、思い当たる事は出てこない。
いや、本当に俺は普通に真面目に高校生活を送ってきたと思う。そして、生徒会長に呼ばれることなんてやってないと思うんだが……
そんな俺の戸惑っている様子から察したのか、会長は言葉を紡ぐ。
「そうか……まだ、あの女からまだ何も聞いてないか。なら、今日の放課後に生徒会室に来てもらおう。では、よろしく頼む」
「え、いやちょっと……」
俺の言葉を無視して会長は自己中心的にその場を後にした。
しかし、俺の心は生徒会長には丸見えだったようで、
「僕を自己中心な奴だとかは思わないでほしいね。心外だ」
と、はき捨てて本当にその場を後にした。
いやぁ……生徒会長はホントは心を読める能力者なんかじゃねぇのか?
そう心中で疑問を口にした俺だったが、俺の隣にいた転校生――新川奈緒によって俺の言葉は否定された。
「違う。ただ、あなたの顔が分かりやすい反応をしているだけ」
そのまま、彼女も去っていった。
その瞬間、俺は悟った。
――転校生とは仲良くなれそうにない。
ふぅーと溜息を吐いて、腰を下ろした。
生徒会長に声を掛けられて何を言われるかと思えば、ただ『生徒会室に来い』だけかぁ……
俺はホントに安心したように弁当を膝の上に戻した。
しかし、ふと思った。
『生徒会室に来い』って……普通にやばくね?
気付いた俺はどっと疲れが押し寄せてきた。
俺……何かしたっけ? と食べる気になれなくなった弁当のふたを閉じて、風呂敷(?)のようなもので包む。
松葉杖を持って立ち上がり、教室へ戻ろうとした時、誰かに声を掛けられた。
誰か。いや、俺はその声の主を知っている。意識している。
「倉沢……くん?」
瞬間、俺は反射的に横を振り向いた。
その声に反応した。
声を掛けられるとは思ってもいなかった意外な声色。
それは――
「……えっ……何、栗林さん?」
――俺が思いを寄せる栗林美香の姿だった。
栗林は俺に視線を向けながら、話し始めた。
「転校生の新川さんと話してたけど……どんな人だった? なんか私が話しかけても返事してくれなくって」
残念そうな表情を浮かべる栗林。
俺は栗林と話すのは初めてではない。そう、決して初めてではないのだ。
なのになんで――俺は手に汗を握って緊張しているんだ?
「え……俺もたいして話しては……ないんだけど?」
「あ、そうなの!? ごめんね? 変な事聞いちゃって」
「い、いや……」
俺の返事の仕方は最悪だと思う。
素っ気なさ過ぎる、と思う。
自分でもはっきり言ってどうやって接するのが一番理想なのかなんて分からないのだ。人間関係ってのは複雑で少しのきっかけでも崩れてしまうような風船みたいなもの。
そんな風船を割らないようにするほど俺は器用でもなかったのだ。
「ところでさぁ、ちょっと私の話聞いてくれる?」
唐突にそんな事を言われて俺は戸惑いながらも首を縦に振った。
「なんかこの頃ね? 私、誰かにつけられてるような気がして……でも、そんな事相談できる人もいなくて……」
俺はふと疑問に思った。
“相談できる人もいなくて”?
栗林の周りにはたくさん友人がいるはずだ。その友人の誰かに相談するものを何で俺に態々、相談するんだ?
疑問は消えずに言葉となって吐き出された。
「相談できる人って……いっぱいいるじゃん」
「いるにはいるんだけど……心配させるのは嫌だなぁって。それに『つけられてるような気がする』って話しても、笑って誤魔化すだけ。けど、倉沢くんは笑わなかったでしょ? 私が信頼してるって事」
内心嬉しかった。けど、それを表面上には出さなかった。
俺には親しい友人と言えば、友達Aとあともう二、三人くらいしか思いつかない。
俺よりかも遥かに親しい友人が多い栗林が俺の事を信頼してくれていると思うと、元気が湧いてきた。
「ありがとな……で、『つけられているような気がするだけ』なんだな?」
「うん……ちょっと、怖くて……」
背筋に悪寒を覚えるような嫌な表情をする栗林。
誰かにつけられてる、か……
俺には大体の見当がついた。たぶん、それは能力者たち。
しかし、それを栗林に告げても冗談で終わり。ならば、言わない方がいいだろう。
「だったら、俺が栗林さんの後ろを歩――」
と言おうとした時、生徒会長の言葉が俺の頭を過ぎった。
クソ会長……俺の邪魔を……
心底会長を恨みながら、俺は栗林にお詫びをする。
「――と思ったけど、今日用事があったわ。すまんけど、明日でもいいか?」
「いいよいいよ。そんな事までしてくれなくても。まぁ、明日も憶えてたら放課後、声かけてね」
手を振って俺の元から去っていった栗林。
憶えてないわけがない。その事を忘れるくらいなら、俺は今日の放課後の生徒会室に行く事を頭の中から忘却するね。
段々と静まっていく心臓の鼓動を身に感じながら、俺は教室へと戻った。
◇
俺はこんなにも授業が長く続いて欲しいと思ったことはないだろう。
放課後には生徒会室に行かなければならないと言う試練が待っているのだ。ろくな事ではないだろう。
なら、それよりも授業の方が幾分かマシであり、俺は真剣に授業に臨んで願っていたのだが、時間というものは残酷で長く続いてくれと思うほど、速く動いているような感覚がした。
俺は松葉杖をゆっくりとつきながら、生徒会室へと向かう。
ホントに俺は何をしたんだろうか……?
今になって怖くなってきた俺は生徒会室の前で立ち止まった。
扉に手を掛ける気にはなれない。
俺は「はぁー」と溜息を吐いた。
――このまま逃げようかなぁ……
そんなことに思考を寄せていた時、横からその声が響き渡った。
「どうした? 入らんのか?」
横を振り向くとそこには威厳の溢れる眼鏡をかけた生徒会長――坂江真人の姿があった。
「いや……普通は拒みますよ」
そんな俺の発言に構わず、生徒会長は生徒会室の扉を開けて、俺を中へ入るように促す。
それに従って俺は生徒会室の中へと足を踏み入れた。
しかし、瞬間にそれは起こった。
――パズルのピースのように目の前の風景が崩れていく。
俺は思わず足がすくんだ。
これは……もう一つの世界が開くときの!?
もう一つの世界は鍵を使って開けることができる。俺はその鍵を桑原からチップとしてもらい、それを体は吸収した。
だから、俺は開けることができる。
けど、今、俺は開けた覚えはない。ならば、俺以外に開けた人物は一人しかいない。
俺は扉を閉めたその人物を見た。
――生徒会長。
生徒会長は眼鏡光らせて口をにやりと歪めて見せた。
もう一つの世界に存在できる能力者……
「別に驚く事もないだろう? 君だって開けるんだから」
「そーゆー事じゃないですよ。敵か味方……あなたはどっちなんですか……?」
それだけが聞きたかった。
今の状況では俺を殺そうとしているようにしか思えない。
緊張の一瞬。
何の能力かも分からない眼鏡の奥で生徒会長は何を考えているのか。
「……どっちだって聞いてんだよ!!」
緊張に飲み込まれそうになった俺はおもわず大声を出していた。
額からは冷や汗が滲み、手も同様に汗が滲んだ。
しかし、俺の緊張とは裏腹に生徒会長はにやりと口を歪めて面持ちを変えることはなく俺を宥めるように呟いた。
「そう声を荒げるな。僕は君を試しただけだよ。ちゃんと能力者としての自覚はあるのか、と。けど、心配はいらなかったようだ。君はちゃんと自覚しているようだ」
俺の横を通って、生徒会室の椅子に座る生徒会長。
そんな様子を睨みつけながら、俺はまだ緊張を解けずにいた。
「そう睨みつけるな。『僕は敵ではない』と言いたいところだが、信じる気はなさそうだ」
「当たり前だ。その能力者としての自覚ってのが俺の中にはあるからな……」
右腕をゆっくりと生徒会長へと向ける。
何を増殖させるかは考えていない。
だが、何も対処を取らなかったら、俺はここで死んでしまう。
それだけは絶対に避けたい。
彼女を護りたい。
「君の能力は知らないが、俺に勝てるとでも思っているのか?」
口元の歪みを絶やさない生徒会長。
その余裕の笑みが一層俺を恐れさせた。
足が震える。手が震える。額から汗が垂れ床に落ちていく。唾をゴクリと呑み込む。
何をしてくるか分からない目の前の生徒会長を俺は恐れていた。
「恐いか、倉沢?」
その問いに対して俺は何も答えない。
答えることができない。
だって――――恐いのだから。
「うおぉぉぉぉぉおおおお!!」
何の叫びか分からない。
ただ、このままじっとしていたら、何かに飲み込まれそうだった。
何か、それくらい自覚していた。
――恐怖
俺の手から壁に向かって電撃が走った。一部の壁の素材が増殖し、木のように伸びる柱となって生徒会長に迫る。
その刹那に何が起こったのか分からない。
生徒会長に当たるはずだった木のように伸びた壁の柱。
それが生徒会長の直前で粉々に吹き飛ばされた。
何の……能力だ?
俺は目をみはらせる。
そんな俺の様子を見て生徒会長は俺を睨みつけた。
「驚く事もないだろう? 僕も列記とした能力者なのだからな」
余裕の笑みが消えうせた表情は殺気を発する。
――お前を喰らう
それが空気を伝って俺の体に響いた。
足が動かない。
逃げないと殺される。
けど――――足が動かない。
「どうした? 足が竦んでいるのか?」
椅子から立ち上がって俺へと近づいてくる生徒会長。
俺は松葉杖を動かして生徒会室の扉を開けて廊下を走った。松葉杖で走るなんて遅いに決まっているが、松葉杖を動かし続けた。
誰ともすれ違わないのは当たり前の事だった。
ここは能力者しか存在できない。けど、桑原もいたような?
そんな疑問に構っている暇もなく無我夢中で松葉杖を動かした。
階段を上ったり下りたり。
こけそうになったときもあったが、運良くこける事は無かった。
自分でもどこに行っているのか分からない。
「はぁはぁ……撒いたか……?」
松葉杖を地面に落として膝に手を着いて運動不足なこの頃を見直そうかと思っているとき、後ろからその足音は聞こえてきた。
そっと振り向く。
やはりそこには眼鏡を掛けた威厳のある顔立ちの生徒会長が歩きながら近づいていた。
走っていないところからも偉そうな感じが伝わってくる。
「もう諦めたか?」
息を荒げる俺に対して歩いてきた生徒会長は全くと言っていいほど荒くない。
運動しよ……
心の中でそっと決意した。
俺は膝についていた手を地面にある松葉杖に向けた。
生徒会長が近づいてくる反対方向へと松葉杖を使って歩みだす。
「まだ逃げるか? 早く諦めろ」
生徒会長が右手を前に突き出した。
やばい……来る!?
生徒会長の手から電撃が走った瞬間に俺は床に伏せた。
しかし、一向に何も起きる気配がない。
どーゆうこと……だ?
床に伏せたまま後ろを見た。
「……はぁ?」
俺は思わず、声を出して驚いた。
何故なら、そこには――
「何してるの? 床に伏せたりして?」
――桑原利恵が生徒会長の前に平然と佇んでいた。
俺は今の状況が理解できずに頭の中が混乱する。
そこへ満までもが制服で姿を現した頃には卒倒しそうになった。
「へ? あのー……理解が追いつかないんですけど……」
腰を起こして、俺の目の前にいる三人――生徒会長、満、桑原へと説明するように促す。
「まさか……倉沢君、真人が敵って思ってたり?」
俺は今にも笑いそうな桑原の顔から目を背けて、躊躇いながら首を縦に振って頷いた。
その瞬間、桑原は声を出して笑い上げた。
それに対して満は俺に可愛い笑顔を向けている。その笑顔が偽りじゃない事を願うしかない俺。
「ちょっと……ちゃんと味方だっていわなかったの、真人?」
腹をおさえながら、生徒会長に問いかける桑原を見て俺は本気で殴りたい気持ちを抑えていた。
「まあな。面白かったぞ? こいつのもがくザマは」
悪役の台詞を口から吐き捨てる生徒会長への怒りは俺の中で破裂しそうであった。
廊下の床に落ちた松葉杖を手にとって、俺は立ち上がる。
「てめぇ……俺が必死に逃げた労力を……返しやがれ」
「僕はただ、君の攻撃を能力で防いで勝手に必死になって逃げた君を歩いて追いかけただけなのだが? 君が走らなければよかったじゃないか」
その言葉に堪忍袋の緒が切れた俺は生徒会長に殴りかかろうとしたのだが、満に止められてしまった。
◆
生徒会長とのごたごたが落ち着いたところで俺は桑原に疑問をぶつけた。
「で、お前らなんでここにいるんだ?」
すると、桑原は「言ってなかったっけ?」と曖昧なことを呟いて、言葉を続けた。
「今からここで、私たち側。つまりは栗林さんを殺さない側の人間の集会があるのよ?」
俺は暫しの間、沈黙してそれを理解したところで声を張り上げた。
「おい……それを何で説明せずにここまで連れて来た?」
俺は横目で生徒会長を睨みつけて答えるように促した。
だが、生徒会長は断固として口を開かない。
その代わりに桑原が答えた。
「ホントは私が言わなきゃいけなかったことなんだけどー……忘れてた。ごめんね?」
俺はこいつらに振り回された感が体を包む。
それを知っていれば……無駄な労力を使うこともなく済んだのに……
「ふざけるなよ……早く俺の使った無駄な労力を……返せよこんちくしょー!!」