Ⅰ―Ⅴ.「その男の能力は――“次元空間を操る能力”」
で、俺はこれからどうすればいいんだ? 戦いが終わるまでこのままここにいるわけにはいかない。さて、どうやって上まで上がろうか。
地面に落ちた二本の松葉杖を拾って一生懸命に思案した結果、その言葉が引っ掛かった。
“被害はどれだけ低く考えたとしても無量大数よ。その低い数値が今の時代なのよ”
桑原の言った言葉。たくさんのことを言われてまだ整理がつかなかったからこんな簡単に疑問にも気付かなかったのか。
被害の一番低い数値で栗林殺すことが目的だった。ならば殺せなかったらどうだ? そのまとまっていた組織は二つに崩れる。
一つはもう一度、機を狙って栗林を殺した方がいいと考える組織。もう一つは今すぐに栗林を殺した方がいいと考える組織。
ならば、あの眼鏡野郎は正しく後者の組織だ。そして、前者の組織は後者の組織を止めようとするはず。そうしたら、もうすぐその前者の組織が止めに来る頃なんじゃないか?
そんな事を考えているうちに上へと上る方法を思いつく。どうやら俺の頭は成長しているらしい。
松葉杖を使って俺が立っている下水道の地面。その俺の立っている範囲だけを下から増殖させていけば上に行ける、と思う。
まあ試してみたら分かる事だ。
俺は上のアスファルトの地面にできるだけ近い真下に立ち試してみる事にした。はっきり言うと少し疲れている。能力をあからさまに使いすぎたせいだろう。
地面に手を置かなくても普通に使えんのかな……?
そんな疑問を抱きながら俺は手を下に翳す。翳すだけだ。地面についてはいない。
そして、念じた。
念じるだけでできるってのがいいところだよなぁ。
その瞬間、俺の手から明らかに早くなった電撃が走り、地面が下から増殖していった。
ビンゴ!
心中でガッツポーズをしながらも外観的には冷静さを演じていた。
そして、アスファルトの地面へと松葉杖をついて降り立つ。
さあて、俺の予想が外れていなければ、前者の組織がもうすぐ来るだろうな。それまで何とか持ってほしい。頑張れ、満。
苦しい表情を浮かべながら眼鏡野郎と戦っている満を助けてやりたいが、俺にはまだ無理だ。それに俺は臆病者だ。自信を持って言ってもいいくらいのな。
前者の組織の奴が来る事を願いながら、俺はただ傍観しているだけだった。何とも歯痒い。
そして、俺の予想は当たり、前者の組織の奴が俺たちの前に姿を現した。
「山本俊作。川倉氏の命によりお前を処理する」
「なめた口利くなよ。川倉の犬が」
眼鏡野郎は満との戦闘をやめて前者の組織の奴を睨んだ。
これじゃ満が巻き込まれる。
「満! 早く離れろ! 巻き込まれるぞ!」
俺の方を咄嗟に見た満は俺のほうへと走ってきた。
いや、こっちに来いとは言ってないんだけど……
息を切らしながら俺の前で立ち止まる満。その瞬間、賛成派の奴らの仲間割れが始まった。
ま、寄せ集めの烏合の衆みたいなもんなんだろ。
「ここからは退散した方が良さそうッスね。桑原さーん!」
大きな声で桑原を呼ぶ満。
平気そうな顔をしているが、大量の汗を掻いていて息も荒く、肩でしている。
そこへ桑原が少し、小走りで此方へと来た。
「見ていった方がいいかもね……“破壊の和夜”」
破壊?
俺はその言葉に興味を持った。
破壊って言うと、俺の逆か? いや、逆は減少か? てかその前にあれだな。思いのほかきついな、松葉杖って。
「ねぇ。ちゃんと見てなさいよ?」
はいはい。でも、被害がこっちに来なけりゃいいがな……
そう思った瞬間に二人の戦闘が始まった。
二人の戦闘は凄絶。
あれ? さっきまでそこに――うわっ、そこから出てくんのかよ……
破壊の和夜とか言う奴の能力はそのまんまの能力で手で翳した所がすぐに破壊されていく。
電撃の速度も速かった。
上には上がいるとはよく言ったものだ。眼鏡野郎を圧倒してる……俺との力量の差は多分――
――月とスッポンだ。
そんな現実をこれ以上目の当たりにしたくない俺は桑原に提案する。
「もう、見なくても十分、分かった。もう、帰ろう」
俺の表情を確認した桑原はすぐにそれを受け入れてくれた。
そんな情けない顔を俺は今、しているらしい。
「じゃあ、満。開いて」
「了解ッス」
パズルが段々と組み立てられていき、もとの現実世界へと戻れたようだった。
人もたくさんいるし車も通ってる。先のファミレスの周りには人が集まっていた。
床、壊したんだったな。俺たちあそこで何してたんだっけ?
頭を捻って思い出す。
あ――
「で、その栗林の子供のある男って奴。そいつの能力は何なんだよ」
「ああ。その話をしてたわね」
少し間を開けてから、ある男の能力について口にした。
「……その男の能力は――“次元空間を操る能力”」
俺は頭にクエスチョンマークを出した。
ちょっと待てよ? 能力は物体に直接影響するもの。物体をある一定の物体に変えるもの。自然のものを出す、物体を自然の物に変えるもの。この三つじゃなかったのか? でも、次元空間を操るって……どの部類にも入ってないぞ?
「どうゆーことだよ」
「そーゆーことよ。次元空間を操る。もう一つの世界では無くても現実世界ともう一つの世界の空間を歪めて一緒にすれば、現実世界で能力の使用が可能になるわ」
「は? と言う事は俺が栗林を助けられたのは半分そいつのおかげだっていうことか?」
桑原は首を縦に振って頷いた。
何だよそれ……皆、賛成派、反対派でも目的はそいつ殺す事だろ? その殺す奴が手を貸してくれたっていうことじゃないか!
一瞬にして嫌な気分になった。
「で、倉沢君は少し、疑問に思ったことはない?」
いや、先の項目しか見当たらないような気もする……
そんな事を思いながらも疑問を考えた。
やっぱり思いつかん。
「その次元空間を操る能力の男は未来で能力者全員を倒してる。どうやって倒したと思う?」
また、質問か……
えーと……次元空間ってのはあれだろ? どっかのネコ型ロボットのポケット見たいな感じのだろ? だから……
「瞬間移動か?」
「おしいわね……」
もったいぶらずに答え言え!
「相手の攻撃を受け流し、逆に相手に攻撃を与えたのよ」
いまいち理解できない解答だったので俺は首を傾げた。
すると、桑原は補足をしてくれた。
「例えば、満がその男に砂で攻撃したとするでしょ? しかし、その男は次元空間を歪めてブラックホールとホワイトホールを創るのよ。で、砂の攻撃はブラックホールに吸い込まれてホワイトホールに吐き出される。そのホワイトホールの場所を満の背後に設置したらどうなるのか分かるよね?」
そうなると、男に攻撃しても男にダメージは無く、逆に攻撃した自分がダメージを追う。それって無敵なんじゃ……
とそこで俺は満の言葉を思い出した。
――その男。未来では全ての能力者を倒したらしいッス
全ての……
「まだいろいろと話さないといけない事があるけど、もう憶えられる自信ないでしょ?」
俺は首を縦に振って頷く。
「じゃあ解散ってことで」
桑原の発言と共に満は此方に手を振りながら帰っていった。能力者に襲われないといいんだが。
「で、桑原さんはどうするんですか?」
帰路を歩きながら問うと、桑原は「大丈夫」と微笑んだ。
「もう住居はあるから」
ふーんと俺は軽く受け流してもう二つ質問した。
「これから、俺はどうすればいいんですか? その次元空間を操る男はこの時代? に来てるんですよね?」
「ええ。あの男はこの時代に来てる。まぁ、剛くんは普通に学校に行ってるだけでいいわよ」
そんなテキトーでもいいのだろうかと疑問に思いながらも俺は松葉杖で歩み続けた。
そして、桑原と別れた俺は自分の家へと向かった。
で、骨の折れていた俺はまた、母親にこっ酷く叱られた事など、言うまでもない。
◇
次の日
俺は松葉杖をつきながら、普通に登校した。
車で送ってくれると助かるのだが、生憎、家の母親は機嫌が悪く、それを許してはくれなかった。
まぁ自業自得ということになるのだろうか。元はと言えば、あの桑原とかいう女のせいだ。この怪我は俺のせいではない。いや、厳密に言うと次元空間を操る男のせいと言うべきなのか。
「全く……ついてない」
「何が?」
いつの間にか隣を歩いている友達Aの存在を驚くことなく、俺は無視して松葉杖をつきつづけた。
「おい……無視されると傷つくんだが……」
「そんなメンタルでお前は生きていけないだろうな。だから今、死んどいたほうが身のためだぞ」
皮肉の言葉を述べてやると俺の松葉杖を友達Aは蹴りやがった。
バランスを崩して倒れそうになるのをやっとで堪えた俺はそいつを睨みつけた。
「で! その足はどうしたわけよ」
「こけた。詳しく説明すると、階段から転げ落ちた」
それを聞いた途端、そいつは大笑いし始めた。
「ははははははっ! お前……そんな歳にもなってこけたのかよっ!」
俺はその様子を見て溜息をつくと、学校へ向かう道をまた、松葉杖を使って進み始めた。
こいつとはもう話したくねぇなぁ……絡みづらい。
そう思って俺はさり気なく、杖をつくスピードを速めた。
「おいおい、ごめんって! そんな、いじけんなよ。誰だってこける時くらいある」
「さっきまで、その話を聞いて大爆笑してた奴の言うことかよ……」
俺は溜息の吐きたくなるような疲れに襲われる。
そんな俺には構わずに囀る鳥のように話をし出す友達A。いや、五月の蝿と表現した方が正しいかもしれない。
「あーそうそう。お前知ってる? 転校生の話」
転入生? どうせ能力者の一人だろ。どうせ。
俺がそいつの話を無視すると、やはり、そいつは突っかかってきた。
「無視? 転入生だぜ? しかも、女子! おいおい、青春しようじゃねぇか!」
「……お前もう黙ってろよ……」
そう言って俺はこれ以上の会話をやめて、松葉杖をつくことに専念した。
◇
ということで、朝のホームルームの時間、あいつの言うように転校生が紹介された。
これもまた、あいつの言うように性別は女で、いかにも大人しそうな感じだった。
そして、彼女はチョークを手にとって自らの名を綺麗な字で黒板に記した。
――新川奈緒
彼女はそのまま、一礼して先生に言われるがまま、席に着いた。
まぁ、そんな彼女の座った席は決して俺の近くではなかったと一応、言っておこう。
そんなわけで、転校生の彼女と話すことも無く、昼休みまでの授業を終えた。
俺が鞄からさっさと、弁当を取り出した瞬間を奴に狙われた。
「おい……いいから人の弁当返せよ」
机に弁当を置いた瞬間にそいつは俺の弁当を掻っ攫った。
そいつと言うのはやはり、友達A。
「まぁ、いいじゃねぇか。少しくらい貰っても」
「自分の食えよ。じゃあな」
俺はその友達Aから弁当を取り返して松葉杖で面倒ながらも教室を出た。
どこで食おうか迷っていると、ふと、中庭が目に入った。
よし、あそこにしよう。
◆
中庭
できれば、教室で食いたかったが、友達Aに弁当を奪われるので中庭へと来たんだが……なんか、俺だけ浮いているような気がした。
それもそうだ。その中庭で男一人でいるのは俺だけで、皆、男女で一セットという感じだった。
リア充死ねとまでいう気はないが、少しは自重して欲しい気持ちはある。
そんな、カップル達に囲まれながら、俺はひっそりと、段のあるところに座り、自らの弁当の中身を口へと運んだ。
黙々と、その作業を続けていた時、誰かの影が手元を暗くした。
俺は口へと運ぼうとしていたものを弁当に戻して、その誰かの顔を見上げた。
じっと此方を見つめる少女。
それに耐えかねた俺は言葉を発する。
「えっと……何の用ですか?」
敬語なのは言うまでもない。俺の目の前に立って、見下ろしている人物は今日、うちのクラスに転校してきた――新川奈緒だったからだ。
俺の質問に対して彼女は無言のままで、数十秒経ってから、やっと口を開いた。
「呼んでる」
その一言だけ発し、それ以上、口を開こうとしない彼女。
「あの……誰が?」
やはり、俺が耐え兼ねて、彼女に質問する。
すると、彼女は自らの右手の人差し指を立てて、彼女の後ろにいる人物へと向けた。
そして、指を差された男子生徒は此方に向かって一礼。
俺も思わず、頭を下げた。
あっちが呼んだのにもかかわらず、その男子生徒は自らの足を進めて、俺の許へと来た。
その男子生徒はこの学校に通っているなら、誰もが知っているであろう人物。
生徒会長――坂江真人だった。
生徒会長は今日、転校してきた彼女の横に並ぶと、眼鏡をくいっと上に上げて、無表情でこちらを見た。
俺は座ったままは失礼かと思い、松葉杖を手に取ろうとした。
だが、生徒会長は
「いや、立たなくていい」
と言うことで俺は松葉杖を元の位置に戻し、膝の上にある弁当を地面に置いた。