Ⅰ―Ⅳ.「お前に俺達の気持ちが分かって堪るかよ!」
「で! 何であの時俺はそのパラレルワールドじゃ無いところで能力が使えたんだよ!」
先の大声でまた、注目を浴びる事となったので話の話題を変えることにした。
「ホントはそこが問題なのよ。何で使えるはずの無い能力が使えたのか。それは多分、ある男が“この時代”に来たからよ」
ある男。それに“この時代”だと? 引っ掛かる事をたくさん言う女だな。
「“この時代”ってどういう意味?」
「そうね。それも説明しなくちゃならないわ。あー面倒くさい」
本当に面倒くさそうな顔を浮かべて窓の外を見る桑原。
おいおいちゃんと説明しろよ。
「じゃあ変わりに私が説明してあげるッス!」
後ろから突然聞こえたその声。聞き覚えのある声とその喋り方は――
「――満?」
「はいッス!」
一瞬分からなかった。何故なら、あのパラレルワールドとやらのとこであった時はセーラー服を着ていたが今は私服だ。
ちょこちょこと進んで桑原の隣に座る姿は愛らしい。て、ちょっと待てよ? 桑原は隣に満が座っても驚かない。
「知り合いなのか? 二人とも」
俺が二人に対して質問すると答えはすぐに返ってきた。
「はいッス!」
「そうよ、倉沢君も満と知り合いだったのねぇ」
そう言って俺を変な目で見つめる桑原は小声で俺に言う。
「かわいいでしょ。付き合っちゃえば?」
俺はこう即答した。
「生憎、俺は年下には興味が無いんだ」
「面白くないの」と小声で呟く桑原はまた、窓の外を眺め始める。
「じゃあ説明するッスよ! 桑原さんは“未来から来た人”なんッス!」
暫くの間、俺は黙り込む。
未来から来た人。へぇーそうなんだ。未来から来た人ってあれだよねー。普通に北極とかにいるあれだよねー……――
「――何!?」
未来から来た? え? 未来人? ちょ、ちょっと待て! 突拍子過ぎるのにも程があるって!
「私もつい先日、聞いたばかりなので、気持ちは分かるッス。けど、本当のことッス」
だが、聞いてみればそうなのかもしれない。未来から来たのならば、栗林が死ぬ事なんて知ってて当然の事だし、先のチップのような鍵だってそうだ! 今の時代にあんなハイテクな物が存在するはずが無い!
けど、そこまで断言できても信じるにはまだ足りない。
「ああ。それと、栗林さんは本当だったら昨日、死ぬ事はなかったわ」
ん? この女は俺の頭を混乱させたいだけなのか? 本当だったら死ぬ事はなかった? じゃあ普通に過ごしていれば死ななかったのか? じゃあ昨日のあの突っ込んできた車は?
浮かんでくる数多の疑問を抑えながら桑原が説明する時を待つ。
「栗林さんは未来の思惑によって殺されそうになったのよ」
疑問を口にすることなく話の続きを聞く。
「未来では“ある男”のせいで悲惨な状態になっているわ。それの原因の“ある男”を産んだのが栗林さんだったの。未来を元に戻すには過去の彼女を殺すしかないと判断したの。しかし、それには反対する者もいた」
「何で反対するんだ? 自分達の世界のために殺そうとしてるのに。俺みたいな奴でもない限り反対はしないだろ?」
「過去に行って故意に人を殺すと言う事はそれなりの代償が要るのよ。彼女が死ぬ事によって死ぬはずの無い者が死んだり、死ぬはずの者が死ななかったりする。生まれてくるはずの無いものが生まれたり、生まれてくるはずだったものが生まれなくなる。被害はどれだけ低く考えたとしても無量大数よ。その低い数値が今の時代なのよ」
故意に栗林を殺そうとした。その方が納得するな。あの車は赤なのにも関わらず、栗林に向かって突っ込んだんだから。
そして、無量大数……数字の最大の単位が一番低い被害なのか。人が死ぬと言う事はそれだけの被害を生むのか。
じゃあこの女もその反対派って言う人間か。ま、未来から来た人と言う事が本当の事だとしたらの話だけど。
「倉沢君、まだ私が未来から来たって信じてないでしょ?」
鋭い。
「無理やりにでも信じないと、痛い目にあうわよ」
痛い目にならもう十分ってくらいあった。
こんなに体中が怪我でいっぱいなのは初めてだよ。
「はっきり言うわ。そのある男の母親が栗林さんなのよ」
俺の台詞にいくつもの三点リーダが積み重なっていく。
「固まるにはまだ早いッスよ。剛お兄ちゃん」
真顔でそう告げる満。
その真剣な眼差しを俺へと向けて言う。
「その男。未来では全ての能力者を倒したらしいッス」
能力者の全てを!? 何かもう頭がおかしくなりそうだ!
俺はわざとらしく頭を抱えてやっとの思いでその質問を紡ぎだす。
「その“ある男”の能力って何なんだよ……」
「それは――」
桑原が言いかけたその瞬間、ファミレスの真ん中の床が崩れ落ちた。おい、この現象って……
叫び声を上げてファミレスから出て行く客達。
それとは逆に店に入ってくる男が一人。そいつは黒縁眼鏡をかけてスーツ姿の男。
「しつこいッスね」
「そっちが“結界”なんてものを栗林の家の周りに張るからだろ?」
俺にこの怪我を負わせた男がファミレスに入ってきた。
あーこんな足じゃなかったら思いっきり殴りたい。
満とその男との間で緊迫な空気が流れる。その男?
「もしかしてこいつが栗林の子供?」
「はは! 馬鹿なこと言わないで。あの可愛い栗林さんの子供なんだからこんなブサイクな筈無いでしょ」
酷い言い方だが、ご尤もだな。
「その口、一生利けなくしてやる」
何かアニメとかで言ってそうな台詞だな。しかも、絶対に口にしたら倒されそうな台詞だ。
そういや、こいつと満は俺が元の世界に戻った後、パラレルワールドで戦ったんだよな。怪我もしてないようだし、一体どんな能力なんだ? それから、普通にパラレルワールドじゃなくても能力使えてんじゃないか! 意味分からん!
「倉沢君。私達は邪魔になりそうだから、ここから出ましょ」
そう言って、手を引っ張ってきた桑原に連れられてファミレスから出ようとしたのだが、黒縁眼鏡野郎に出入り口を塞がれた。
「“結界”を張ったのはあんただろ? 逃がさねぇよ」
窓を割って外に出るか? いろいろと思案するがいい方法は見つからない。それに――
「――結界ってのは何なんだ?」
「……透明な壁みたいな物としか言いようが無いわ」
A.○.フィールドみたいなのものか。そんな風に自論で納得して早く片付けた。
睨みあう二人は動こうとはしない。
「ここで戦うのは気が退けるッス。もう一つの世界で戦り合いませんか?」
「俺はどっちでもいい」
「なら、もう一つの世界で戦うッス」
前と同様、パズルのピースのように崩れ落ちていく風景の欠片。
全てのピースが崩れ落ちて現れたのは先と同様の半壊状態のファミレスだった。
満と眼鏡野郎と俺がこの世界にいるのは分かるんだが……
「お前も能力者だったのか」
桑原の姿もそこには存在していた。しかし、桑原は俺の発言を否定した。
「いえ、私は能力者じゃない。強いて言えば能力者みたいな者でそうじゃないの」
矛盾した事を口にする桑原。ちゃんと後で説明してくれるんだろうな。
先に行動を起こしたのは満だった。
窓の方へと全力で疾走し、初めて自らの能力を俺に見せた。
一応言っておくが彼女の走りは普通に速かった。
窓に自らの右手を翳す満。すると、窓ガラスが一瞬で砂へと変貌を遂げた。
「満の能力って……」
「物体を砂に変える能力。私が話した3番目の部類ね」
あの時、大きなビルを防げたのは砂に変えたからなのか。それなら納得する。そして、無傷だったのもだ。
そのままファミレスの外に出た満を追いかけるように眼鏡野郎も外へと出る。
俺と桑原も急いで外に出ようとするが俺は生憎だが松葉杖をつかないと歩けない。
やっとの思いで外に出ると、もう既に戦いは繰り広げられていた。
地面のアスファルトを持ち上げて投げたり、地面を破壊したりする眼鏡野郎に対して満は完全に守りに入っていた。
苦しい顔を浮かべる満に対して眼鏡野郎は余裕の表情を見せている。
「やばいわね……」
それくらい俺にだって分かる。何故なら、明らかに満の能力の発動の早さが落ちてきていた。
「倉沢君も加勢したほうがいいかも……」
ああ、そうか。見るのに夢中ですっかりと忘れていた。
このまま傍観者でいたいのは山々なんだが、俺も一応、能力者と言う奴だからなぁ……
何を増殖させれば満の助けになる?
暫くの間、考えるが何も出てこない。
もういい! あいつを閉じ込めればいいだけだ!
松葉杖を地面に置いて右手を地面へとつける。そして、力を入れた。
電撃が地面を伝って走る。しかし、やはり速さは遅い。
眼鏡野郎にはあっさりと避けられてしまった。すると此方を睨みつける眼鏡野郎。
やばっ! 攻撃される!
そう思った瞬間、満が俺たちを助けてくれた。
「余所見なんてしてていいんスか!」
地面に手を翳して眼鏡野郎のいた地面が一瞬で砂へと変わる。それを紙一重で避ける眼鏡野郎。
「くそ! 何で俺だけ遅いんだよ!」
「倉沢君はまだ、能力を開花させてから一日も経っていないわ。能力は経験こそが武器になる。何回も使用していくうちに早くなっていくわ」
ふーんそういうことか……
「じゃあ、今から何回も使えばいい話だ」
俺は何度も何度も地面に翳す手に力を込めた。
すると、俺の右腕を掴んで桑原が邪魔をした。
「やめなさい! 能力は体力を削って発動するものなの。何回も使っちゃ倉沢君の体力が持たないわ!」
俺はその桑原の腕を振り払って睨んだ。
「少し黙れ。満が戦ってんだ。女の子に戦わせといて男が何もしないなんざ馬鹿げた話だ」
俺はまた、地面に手を翳して能力を発動しつつける。
「でも……」
「お前には分かるかよ! 急に能力者とか言われて戦わされる奴の気持ちなんか。満も今、俺と同じなんだよ。人前では何も言ったりはしないがその心には溜め込まれてる!」
溜め込むのは簡単だが、口に出すのには勇気がいるときだってある。
「あいつはお前が思ってるよりも辛いだろうよ」
言いたい事は言った。それでも止めてくるようなら、お前を閉じ込めてやる!
無駄なくらいに能力を発動していく俺。桑原の言うとおり、俺の体力は徐々にではあるが削られていっていた。
満と眼鏡野郎の戦いはやはり、眼鏡野郎のほうが優勢だった。満はやはり、苦しい表情を浮かべている。
すると、戦いの最中、眼鏡野郎が話し始めた。
「未来の木下満は強かったけどな。お前はまだ弱い。しかも、どんどん能力を発動する速さが遅くなってきているじゃないか。どうした? やはり、その頭はまだ、混乱しているのか?」
「うるさいッス!」
「図星か? 未来から来た者に自分が能力者であると諭され、“あいつ”を倒さなければ、世界は終わると言われ、責任に悩んでいる。そうだろ?」
その刹那、満は眼鏡野郎の能力によって足場をすくわれて倒れこむ。
「ほら、動揺が死を招く」
眼鏡野郎はゆっくりと満へと近づいていき、満と眼鏡野郎の距離は一メートルもなくなった。
地面のアスファルトを剥がして持ち上げる眼鏡野郎。
満は能力を発動しようとはしない。
「生きるのはもう諦めたのか? つまらないな」
地面にお尻をつけたまま動こうとしない満。
俺は松葉杖をつきながら満の方へと向かう。
そして、俺は左の方の松葉杖を放して眼鏡野郎のアスファルトを持った手を左手で掴んだ。
「何がしたいんだ? お前はあとで――」
「お前に俺達の気持ちが分かって堪るかよ! 急に誰かが死ぬとか! 能力者とか! 意味の分からない事述べられて! パラレルワールドで戦わされる俺達の気持ちがよ!」
心中穏やかじゃいられない。
「満。お前は一人で背負わなくてもいいんだ。俺がお前の重みを一緒に背負ってやる」
「油断は禁物って教わらなかったのかい!」
眼鏡野郎は俺の手を振り払う。
しまっ――
そのままアスファルトの大きな欠片を俺たちに向かって投げると、電撃をアスファルトにぶつけた。
重さを操る。
俺は何倍にも重さの増幅したアスファルトの欠片に潰されたのかと思っていた。
だが――
「剛お兄さんは下がってくださいッス」
空気に舞う砂。満は自らの能力を使ってアスファルトを砂へと変えた。
「それと、ありがとうございます。背負ってくれると言ってくれて」
その目からは嬉し涙が零れ落ちて、表情は満面の笑みを浮かべていた。
地面にから立ち上がる満。
「おかげでもう迷いはなくなったッス!」
お前の姿を見て俺も迷いなんてなくなった。考える事も捨てた。
だから――
「お前も油断してんじゃねぇよ!」
何もせずに突っ立っていた眼鏡野郎に向けて手を翳して力を入れた。
こんな距離なら遅くても大丈夫だろ!
しかし、あっさりと避けられてしまった。それに加えて眼鏡野郎に地面を崩されてまた、俺は下水道へと落ちた。
これで地面が急になくなったりしたのは三回目だな。
満は落ちずにまだ上にいた。
「後で助けますから! 待っててくださいッス!」
眼鏡野郎から目を離さずに満は大声で叫んだ。そんなに大声で叫ばなくてもちゃんと聞こえる。
けど、俺のおかげで迷いがはれてよかった。